カヤクグリ:日本にしか生息しない、日本固有種です。ただ南千島でも繁殖が記録されていますので、現下の国境線では、準日本固有種と呼んだほうがより正確かもしれません。大きさはほぼスズメと同じで、タイトルの写真でもお分かりの通り、全身褐色味がつよく、地味な色彩をした野鳥です。生息圏は、北海道、本州、四国の高山帯で、九州、西南諸島での観察記録はないようです。
繁殖期には、高木限界よりも標高の高いハイマツの生える林やその周辺の岩場(いわゆるハイマツ帯)に生息します。営巣は、ハイマツの樹上で行い、枯れ草やコケなどを組み合わせた、おわん状の形を整えます。夏の時期、3,4個の卵を産むとされています。このハイマツ帯には、ライチョウも生息しますが、ライチョウの夏羽の色合いと、カヤクグリの色合いは共通点があります。ただライチョウが皆さんご存知のように冬になると真っ白に全身の羽を変化させるのに対して、カヤクグリの色は季節によってほとんど変化していないように見えます。
冬場になりますと、高山地帯にはとどまらず、越冬のため標高の低い、積雪のない低地、時として都市部にまで下りてきます。そのために、積雪時の色に合わせて羽色を変化させる必要もないのでしょう。冬時、郊外の公園などにも立ち寄りますが、地味な色彩をしているのと、動作が比較的素早いため、あまり気付かれずにいることが多いように思われます。これまで、東京都の裏高尾山のふもとや(写真1)、埼玉県北本市の自然公園(写真2)で見かけております。最初に見かけたときは、クロジと見間違ってしまいました。ちなみに、クロジとの相違は、嘴が真っ黒で先が尖っていること(クロジの下嘴はピンクで先端部のシャープさはありません)、上面が全体として暗褐色で、下面が濃い灰色であること(クロジの頭部は濃い灰色です)、地鳴きがチリチリチリと金属的であること(クロジはジ、ジと単音の繰り返しです)が挙げられます。
比較的ヒトを警戒しません。また、餌は、木の実や小さい昆虫で雑食性であり、樹上だけでなく、地上でも採餌します。地上で餌を探すとき、低い潅木、藪、の下を潜り抜けるように動き回るところから、茅(かや)潜り(くぐり)の名前が付いたのでしょうが、夏場では意外と高いハイマツの一番高いところで囀って居る姿を見ますと、この名前とミスマッチングな印象があります。
カヤクグリは、夏の季語です。
茅潜 喨々と夜を 好むらし 堀口 星眠
私は知りませんでしたが、カヤクグリは夜もそれも相当はっきりと鳴くのでしょう。鈴を鳴らすような「チーチリリ、チリチリ」という明瞭な囀りは、夜も同じようです。この句は、高村光太郎の「秋の祈り」の詩の冒頭、「秋は喨々と空に鳴り」を思い出させます。
青富士や 松の秀に鳴く 茅くぐり 朝羽 緑子
おそらく夏のハイマツなのでしょう、最も高いこずえの頂上で得意げに囀るカヤクグリとその背景の富士が目に浮かぶようです。残念ながら、私を含めて多くの野鳥観察者は、なかなかカヤクグリの囀るさまを目撃できておりません。カヤクグリは、やはりその独特の囀りが注目されているようです。
雲切れて 這松になく 茅潜 砂田 たけ子
かやくぐり聴き 天近き尾根 わたる 福田 蓼汀
カヤクグリの異名は、「かやくき」。平安末期から鎌倉初期の歌人、藤原俊成はこう歌っています。
色々の花にまぎるるかやくきをかるとて野べに暮しつる哉
色々の花の中にいたとなると、その季節が気になるところです。どうもカヤクグリの綺麗なさえずりを覚えていた作者の創作世界のような気がします。
さて、日本準固有種のカヤクグリに対して、大変よく似たヨーロッパカヤクグリが、広く欧州に生息しています。最初に見かけたときには、すっかり日本のカヤクグリだと思い込みましたので、春から夏にかけての季節に、高山にいるはずの鳥が、人家の庭や公園、街路樹で盛んに囀る姿にびっくりした記憶があります。帰国後調べなおして、別の種(亜種)とされていることが分かりました。
まず、色彩が異なります。下のヨーロッパカヤクグリ(ハンブルグ郊外で撮影)をご覧ください。(日本の)カヤクグリの背中と比べて、褐色味がはるかに薄いことが分かります。また、(日本)カヤクグリの頭部は全体として褐色ですが、ヨーロッパカヤクグリは灰色をしています。嘴と脚の色と形状はほぼ同じですが、感覚的にヨーロッパ種の方が、僅かに大きかったようにも思われます。日本では、夏場は高山帯でしか観察することはできませんが、ヨーロッパではほぼ年間を通して郊外で見かけることができるようです。ヨーロッパの都市部においでになる機会があれば、公園などでスズメと同じ大きさの、よく囀る地味な鳥を探してみてください。おそらくヨーロッパカヤクグリです。