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第30回 2004/12/01
性転換する魚たち
30

書名:性転換する魚たち
著者:桑村哲生
出版社:岩波書店(岩波新書)
出版年月日:2004年9月22日
ISBN:4−00−430909−3
価格:780円(税別)
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/ から「既刊書の紹介」

自然界に起きている様々な事象について、特殊分野の専門家ではない私たちが、これまでに解明されてきた「謎とき」の経過と現在まで明らかにされてきたことがらにどれだけ無知であるのかを知らせてくれる書籍です。著者は、日本動物行動学会会長を務めた経験のある、主として魚類の研究に多大な功績を残し、今なお未知の分野を探る途上にある真摯な研究者。

生物の進化において、オス、メスの有性化が図られる以前、無性生物がまず地球上に誕生したことはよく知られている事実です。しかし雌雄の別(有性化)の発生、すなわち有性生殖による種の生存と繁栄の開始は、生物進化にとってどのような意味を持っていたのでしょうか。
著者は端的に、無性生殖による増殖は、細胞分裂によるクローン増殖過程であるのに対して、有性生殖は、雌雄の交配を介した遺伝子の組み換えによる極めて類似はするが決して同一ではない「子」を誕生させること、と明言します。この「親」とは少し異なる「子」を誕生させる過程こそ、突然変異を引き起こす基礎であり、それが自然環境の中で選択されることによる存続、繁栄の一連の流れが、「自然選択」もしくは「自然淘汰」であり、生物進化の一歩であると判りやすくダーウィンの「進化論」(『種の起源』1859年)を説明します。

有性生殖に目を向ける場合、機能としての雌雄の区別に目を向けたのがこの著者であり、他方で、とりわけ脊椎動物の生殖機能自体の進化に目を向けたのが、行動生態学者、ティム・バークヘッド(『乱交の生物学』)といえます。この両者に共通しているのは、有性生殖の目的は、決して「種」の保存ではなく、種の一部を構成する「個」の保存であるという最新の動物研究、観察の結果に基づいている点です。このことを著者はこう語ります。

「子孫を増やすことによって、その行動を支配している遺伝子のコピーをどれだけ増やすことができるかが、生物の適応進化のキーポイントなのである。この適応度による説明は適応戦略論ともよばれ、それを理論的基盤として行動や社会を説明する分野は、行動生態学・社会生物学とよばれるようになった。」

さて有性生殖を開始するに至った地球上の生命は、有性生殖のみを単独に選択する生物だけではなく、無性生殖と有性生殖を共存させるものをも生み出します。例えば、著者は、ヒトは有性生殖によってのみ存在していると思われがちであるが、時としておこる一卵性双生児の誕生を見た場合、双生児の片方は、受精卵の分裂によって誕生する無性生殖であることにも言及しています。有性生殖と無性生殖の分化でさえ、決して単純でなく、かなり複雑な様相を呈するわけですから、その前提となっている雌雄の別でさえ、固定的でなくても不思議ではないわけです。

よく知られているように、ワニやカメの雌雄は、その卵の置かれた温度差によって決定されるといわれています。環境変化によって雌雄の区別が決定されるのですが、それが海中においては、一旦決定された性が環境によって変化する(それも一様にではなく、また逆戻りもふくめて)ことを、珊瑚礁における魚類の観察、研究の結果、明らかにしています。海中での魚の固体識別方法、観察記録の保持方法などまったく思いもしなかった個々の研究活動の説明には非常に興味深いものがありました。何種類かの魚の性転換の社会性、メカニズムの解明を表したこの本は、進化論の現代的一表現ともいえます。どなたにもご一読をお勧めします。