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第04回 2002/04/23
検察秘録 誰も書けなかった事件の真相

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書名:検察秘録 誰も書けなかった事件の真相
著者:村串栄一
出版社:光文社
出版年月日:2002年3月10日第1刷
http://www.kobunsha.com/top.html
上記ホームページより、書名検索で「検察秘話」

日本国国家が、日本国憲法を不可侵の理念として、司法、立法、行政の三権に分離独立して機能するシステムになっておることを我々は、小学校の社会科で学習する。だが、1976年2月、行政の頂点にたったことのある、元日本国首相田中角栄の「ロッキード事件」での贈賄罪の名のもとでの逮捕劇は、少なくとも行政府の倫理観に対する子供達の幻想を断ち切ってしまった。だが他方で、かつての最高権力者であれども、法の前に裁かれる政治的良心が未だ日本国に残っていることに、海外のマスコミは、単に日本国政治の腐敗を嘆気を込めて報じるだけでなく、それを裁くことのできる国家のモラル、司法の凱歌に一様に驚嘆を隠すことはなかった。

そのロッキードから17年後。政権主流派、角栄なき田中派「経世会のドン」と呼ばれた、金丸信前自民党副総裁が1993年3月に逮捕されたとき、最早倫理観を期待されなくなった政治家への幻想ではなく、そうした政治家を「清く、正しく」取り締まる司法当局の存在に、少なくとも多くの国民は安堵したものであった。とりわけ前年(1992年)9月、金丸が東京佐川急便より受領した5億円が、政治資金規正法違反にあたるとして、「罰金20万円」の支払いを命じられたことに、国民の不満の高まりが鎮まりそうもない状態の下での、「特捜スクープ」とも言うべき、青天の霹靂の逮捕劇であったから。

この著作は、こうした行政と司法当局との葛藤をありのままの姿で、実像と虚像を、とくに検察に焦点を当て、新聞記者という目を通して極力深く掘り下げようとした労作である。著作者は明快に説明する。

「検察庁は国家行政組織法八条の三により『特別の機関』に位置付けられている。検察権は法を執行する機能として本質的に行政権に属するが、公訴権が裁判に直結することから司法的性質を持ち、行政権と司法権の両面の特徴を有している。」

「特捜」が常に正義の味方ではなかった、なりえなかった事実、検察内部の対立、行政からの干渉と軋轢をできる限り熱くならず述べていこうとする姿勢には好感が持てる。「特捜」が戦争後の闇(隠匿)物資摘発を主眼として「隠匿退蔵事件捜査部」(1947年)からスタートし、GHQとのやり取りの中でその存在が危うくなりながらも、1948年の昭和電工疑獄事件の捜査許可をもって実質的にスタートできた経過などはきわめて興味深いものであった。

また、CECの第2の故郷である埼玉県東松山市出身の代議士、山口敏夫の二信組事件に絡む背任罪による逮捕が間じかに迫ったとき、元国会議員による初めての検察庁検事の個人名を挙げての「最高検の綱紀粛正に関する質問主意書」の提出のエピソードは、ことの良し悪しは別として、往時「政界の牛若丸」と呼ばれた当時を思い起こさせるものであった。

政財官界のその時々の巨悪は、それが摘発されたときには大いなる驚きを持って国民に受け止められる。だが連綿と今も続く権力内部腐敗の発露が、たった10年前の出来事を記憶の彼方に仕舞い込ませやすくしているようだ。時としてこうした著作を通して、過去の事実を思い起こすことも重要だろう。また、国民の三権分立に対する、厳しいまなざしと発言が、このシステムが少なくとも機能していく上で、最重要なファクターであることをあらためて思い知らせてくれる一冊であった。