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第03回 2002/04/01
密航漁夫 吉田亀三郎の生涯

03
書名:密航漁夫 吉田亀三郎の生涯
著者:小島敦夫
出版社:集英社
出版年月日:2001年6月30日第1刷
http://books.shueisha.co.jp/search/f2.html

1962年(昭和37年)、当時23歳の大阪出身の堀江謙一青年が、ヨット・マーメイド号で単独太平洋横断成功とのニュースが、日本全国を駆け抜けた。当時中学生であった私も、その後堀江青年の執筆した、「太平洋ひとりぼっち」を、憧れを持って熟読したことを思い出す。その快挙は、日本人初の小型ヨット(全長2.8m)による太平洋横断(94日間)、シングルハンドでの太平洋横断は世界初と賞賛された。

その後この快挙は、最終的にサンフランシスコへの接岸が曳航されたもので、正確には太平洋横断とは呼べないのではないかとのクレームも、かなりの説得性を持って語られた。しかし、堀江さんのその後の航海の歴史を見るとき(1974年西回り世界一周、1982年縦回り世界一周)、本人の確かな航海術と、未知に挑む冒険心には、賞賛に値するものがあると思われてならない。

さて、このマーメイド号に先立つこと丁度50年前の1912年(明治45年)、四国愛媛県から、帆曳き漁船に乗り込み太平洋(着地はサンディエゴ北方)を渡った先駆者がいたのである。その名を、吉田亀三郎。有能な漁師であった。

この、日本では「密航」故に賞賛されることのなかったこの快挙は、現地アメリカでは、「太平洋を帆走横断した偉大な冒険航海者」と敬意を持って受け入れられただけでなく、既に渡航して先住していた太平洋沿岸の移住日本人社会に大いに面目を施すものと大歓迎された模様である。

この1912年と1962年の太平洋横断の違いを、著者はこう簡明に述べている。

 
「(1962年には)安全な航海を可能とする造船や用具の技術的堆積は広く普及し、効率的な航海に資する科学的な海事情報システム、既に十分整えられていたのだ。ところが、明治末期の吉田亀三郎が置かれていた状況は、(中略)その意味するところがまったく違うのである。(略)社会的に見て、特に日本では、まだ誰も夢想だにできることではなく、航海が成功する見通しを得る情報やデータは皆無であった。」

かくて、「吉田亀三郎こそは、間違いなく、日本の海洋における冒険航海の創始者の一人であった」とし、その航海術、それを支えた背景を具体的に、きわめて説得性に満ちた論旨を展開してくれる。

他方で、堀江青年と、吉田亀三郎の太平洋横断の冒険度合いよりも、その動機の違いを見落とすことはできない。前者は、「冒険」そのものが目的であったのに対し、後者は、太平洋を渡り(密航し)、そこで何らかの仕事に従事して、故郷に錦を飾ることができるだけの資産を得ることが目的であったのである。右肩上がりの経済成長の開始時期に位置づく1960年代の初頭と、日清、日露戦争後のブームの去った経済不況下の明治末期・大正初期、その時代背景の差。

ここで、冒険は、「冒さざるを得ない手段」であり、それ故に、達成されなければならないものであり、それゆえ無謀であってはならないものであった。こうして吉田亀三郎率いる4名が「太平洋横断」に成功しても、移民局に発見され、北米市民から賞賛されようと、結局、強制送還されたのでは、当人達にとってこの「冒険」は失敗なのである。かくてその翌年(大正元年1913年)、より大規模に総勢25名の、第2次自主渡航を試みるのである。

第2次渡航に関する記述は、きわめてリアリティに富でおり、一気にページをめくる速度を加速させる。ここでは、同行者の残した資料、口述、現地での新聞等に記載されている記事から、かなり正確に、航海術の巧みさと独創性、航海中の人心管理のスキルの練達さ、船長としての克己心の強さが、叙情的な側面を含め丁寧に描かれている。

吉田亀三郎の、「おかみの都合で行ってはいけん、いうなら、ワシは自分の船で行ったるわい、ちゅうガイな意地いうか、気概」と、周到な航海準備と独創的な航海管理と、強い意志に溢れた行動力のなかに、著者は、すばらしい「冒険」をはるかに超えたところで、独創性に溢れた「自主、自立」の魂をみいだしたようである。著者は、すばらしい先駆者を長年の聞き取り、調査作業の中から探し出したものである。

情報が溢れるほどに氾濫する今日にあって、なお経済的、政治的荒波の中に進むべき未来の方向性を未だに模索している今日の私達にとって、一筋の明かりをもたらす過去の強くたくましい精神のあり方を知ることは、決して無意味なことではなかろう。