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第014回 2006/03/28
新兵器シンセサイザーによるトミタのすばらしき世界

DISC14

日RCA RVC-2001(CD:日BV-BVCC-37407)
冨田 勲
「火の鳥」

A面:ストラヴィンスキー=冨田「火の鳥」/
B面:ドビュッシー=冨田「牧神の午後への前奏曲」/ムソルグスキー=冨田「はげ山の一夜」冨田 勲(シンセサイザー)

(発売:1975年)


 2005年8月、今やごく当たり前に普及している電子楽器モーグ・シンセサイザーの生みの親、ロバート・モーグが亡くなった。彼が、アメリカの若き作曲家、ウォルター・カーロスの強い要望に応じて モーグIII型を開発したのは、1968年のことであるが、これこそ世界で最初の小型化された”鍵盤付き電子楽器”シンセサイザーの原形だった。
 この夢の楽器を駆使して同年カーロスが世に送りだしたアルバムが、シンセサイザー音楽史上不朽の傑作、「スイッチト・オン・バッハ」である。このアルバムは忽ち大きな反響を呼び、同年のグラミー賞3部門で受賞、クラシック・ジャンルに拘わらず、アメリカ・ビルボード誌でも、年間ベストセラー・アルバムとなった。(カーロス先生、この大成功に気を良くして、「ウェルテンパード・シンセサイザー」とか「スイッチト・オン・ブランデンブルグス」などのアルバムを相次いで発表、その後、しばらく音沙汰がないと思っていたら、何と自身、性転換による大変身を果たし、ウエンデイ・カーロスとして復活したことは、あまねく知られている。)

 このファースト・アルバムにいち早く反応し、日本にシンセサイザー音楽を導入したのが、作曲家トミタこと冨田勲だった。単身渡米してこのシンセサイザー、モーグIII型を購入!までは良かったが、何せ蛸の足のような無数のケーブルで繋がれた数多くの電子ユニットの集合体だったこともあり、これが本当に楽器なのかと輸入通関手続では随分手間取ったというエピソードが残されている。それから1年半、見様見真似でこの操作の習熟から始めて、トミタが満を持して発表した処女アルバムが、「月の光」だった。これは、日本よりも先ず世界で注目され、1974年度グラミー賞4部門でノミネートされている。
 今回取り上げる「火の鳥」は、トミタにとっては「展覧会の絵」に続く3作目となるが、自身、シンセサイザーという楽器にも漸く慣れ、従来のモーグIIIに、当時最新のモーグ55ほか種々の新兵器を加え、より表現の可能性を広げることにより、作曲家トミタの創造性を存分に飛翔させた傑作アルバムとなった。

 さて、このシンセサイザーについて。正式にはヴォルテージ・コントロールド・ミュージック・シンセサイザー、日本語では電圧制御型音声合成装置とでも呼ぶのであろうか、通常は演奏用と作曲用に区別される。具体的には、正弦波や白色雑音など素材信号を発生させるユニット、濾波器や変調器など音色を作るユニット、音の立上げや継続など時間変化に係わるユニット、これらの信号を処理するユニットなど、機能別に独立した多くのユニットから構成され、各ユニットはすべて直流電圧によって制御される。要はツマミの操作によって、電気的にあらゆる楽器や音声、自然音(擬音・効果音)の再生みならず、これらの音色の合成とか、これまで現実に存在しなかった新しい電子音を駆使することにより新しい音楽(いわゆる電子音楽)を可能にするエレクトロニクスが生んだ“究極の楽器”とも言えるものである。
 但し、トミタにとってはこの“究極の楽器”も、自身述べておられる通り、あくまで「音のパレット」であり、先ずアイデアは作曲者の中にのみあって、それを現実の音もしくは音楽として実現するための手段として使用されるにすぎない。「画家がパレットの上で絵具を混ぜながら、自分のイメージによる色を作り上げていくことと大変似ている。従ってオルガンのように、たくさんの音がすでに組み込まれていて、演奏者が、その中の必要な音を引き出す作業とは根本的に違う」のである。
 従って、トミタにとって楽譜とか図面は存在しないし、またその必要もなく、全ての創作は彼自身のシンセシザー操作のみによって遂行される。例えば、この曲、テーマなり、モチーフは、かのストラヴィンスキーによる「火の鳥」から得られたものだが、あとはトミタのインスピレーションの赴くまま、曲想は自在かつ連綿と展開されるのである。とくにこうした表題音楽の場合、トミタは、宇宙人などオリジナルには存在しない現代的キャラクターまで登場させて、その想像世界の発展は止まるところを知らない。 これは、B面の2曲「「牧神の午後への前奏曲」「はげ山の一夜」においても、全く同様である。

 このトミタ・ワールド、一旦ハマってしまうと、中毒症状のようになかなか抜けだせない強烈な魔力をもっていて、少なくとも、筆者の場合、新しいアルバムが出る度に、待ち構えたように手に入れては貪るように聴いたものだ。 トミタに続いて日本では、YMO、喜多郎、海外では、キース・エマーソン、TOTO、スティービー・ワンダー、クラフト・ワークなどが次々に現われて、それぞれ独自のシンセサイザー・ミュージックを創造、発展させて、今やこの分野は百花繚乱、現在音楽界では、この楽器シンセサイザー抜きでは考えられない状態になっている。
 この繁栄、トミタの功績に負うところも絶大というべきであろう。20世紀後半、エレキは“音量革命”を、このシンセは“音色革命”を引き起こしたといわれるが、音楽芸術の世界においても、現代エレクトロニクス技術の功績大というべきか。

 ジャケットは、これも日本が世界に誇る映像作家、故手塚治虫によるもの。餓鬼の群がる阿鼻叫喚の地獄と思しき世界の遥か彼方に、一条の光が差し込み、その光の方角を仰ぎ見ると、火の鳥が金色(こんじき)に光り輝いているという手塚独特の仏教的ファンタステイックな世界が描かれる。