「渡り鳥」として、誰もが思い浮かべるのはまず春の訪れを告げるツバメ、そして冬の近くなったことを知らせるツグミではないでしょうか。いずれも小型の野鳥です。野鳥の仲間の中では大型の猛禽類には、ほとんど渡り鳥のイメージがありません。しかし、ワシやタカの仲間にも季節毎に海を超えて繫殖地と越冬地を行き来する、渡りを習性とする仲間がいるのです。その代表的な鳥がサシバです。大きさは、上の概要では50㎝としましたが、実はほかのタカの仲間と同じでオスが47㎝程であるのに対してメスの方がひとまわり大きく51㎝ほどあります。トビほど大きくはありませんが、ハシボソガラスほどの大きさです。
雌雄の区別はあまり容易ではありません。タイトルの個体は、眉線がほとんど見えず、比較的小型に見えましたのでオスではないかと思われます。また下の個体は、光線のかげんでそれほど明確ではありませんが眉線があり、また下部が明るく大型に見えますのでメスではないかと思っております。
このサシバが南の国からやってくるのは春先、関東地方では3月中旬から下旬です。周囲を林に囲まれた田圃のある地域がサシバの生息地です。サシバの餌は、昆虫、ヘビ、カエルですから、田圃とその周辺はサシバの食料供給源であり、周辺の林は営巣、育雛する住まいなのです。小型の鳥類も餌とするといわれていますが、今までのところ小鳥を捕食する場面にはであっておりません。もっぱら捕えているのは、トカゲやカエルでした。どうもサシバの巣は毎年新しく作られることが多いようで、同じ巣を継続して使用しているようには思えません(ただ、サシバの観察経験がそれほど長いわけではありませんので、間違っているのかもしれませんが)。 田圃はヒトの生活圏で維持されますので、サシバは常にヒトと大部分を共有生活するタカだといえます。深山幽谷を含む広大な山岳地帯を生活圏とするイヌワシやクマタカなどはめったにヒトの目に触れることはありません。しかしこのサシバは、人の生活圏に深く入り込んでいるきわめて身近なタカだといえるのです。
ヒトと生活圏を共有するサシバは、絶滅危惧の指定のないタカでしたが、2006年環境庁はレッドブックで絶滅危惧種II類(VU)に指定しました。これはまさしく谷津田を好んで住みかとするサシバの生息環境が悪化してきた証左です。田に生き物が少なくなった時、目に見えない生態系の危機が人体への悪影響を含めて迫ってきていると危惧するのは私だけでしょうか。
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さて、サシバの鳴き声は、大体どの資料でも、「ピィクイー」と表現されているように、ほかのタカと間違えることのない独特なものです。上面は赤褐色、胸は褐色、白い喉の中央に茶褐色の縦斑が入るのが特徴です。胸部には、斑が入りますが、縦に入るのは幼鳥、成鳥では横斑となります。翼を開いた状態で、初列風切羽先端には指のように5枚の羽根が突出します(翼指と呼びますが、正式な学術用語ではないようです)。下の個体の胸の斑は縦に並んでいます。また、明瞭に白い眉線が見えますので、メスの若い個体だと思われます。
越冬地は南西諸島、台湾、中国南部、フィリピン諸島からマレーシア半島と広範囲に及びます。このサシバが日本で繁殖し、越冬地へ戻るのが9月下旬から10月初旬です。愛鳥家のなかでも、猛禽類を好む方にはこの時期が絶好の鳥見の季節となります。渡りをするタカたちは、これからはるばると超えていく海を前にして、海岸付近の山麓に上昇気流が上るのを待ちます。この上昇気流に乗って上空へと上り、北東季節風をとらえて南下していきます。上昇気流が発生すると一斉にその中に飛び込み数羽から数十羽、時としては数百羽がらせん状に昇る気流に乗る姿が、鷹柱として観察されるのです。愛知県伊良湖岬、鹿児島県佐多岬、沖縄県伊良部島などが、国内でもっとも有名な鷹柱が生じる、タカ見の観察地です。
芭蕉の句に、鷹一つみつけてうれし伊良古崎 とあります。芭蕉は、伊良湖崎がタカたちが集まる場所として有名であったことを十分知っていたのでしょう。 最後の一羽で運よく出会えてうれしかったのか、これから集まる最初の一羽を見つけてうれしかったのかはわかりませんが。普通、鷹は冬の季語ですが、鷹の渡りは秋です。ここでの一羽は秋と考えてよさそうです。
まもなく、このサシバたちがやってくる季節です。春は名のみの風の寒さやと歌われる寒い風と共にサシバたちが繁殖に戻ってくる。今年もまたかくあってほしいものです。
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