国内ではもっとも小さい野鳥(10㎝)の一種、キクイタダキです。資料によっては、大きさを9㎝と表記したものもあります。他にも小さい野鳥としては、ミソサザイやヤブサメなどがいますが、個体差がありどの種が一番小さいとは言い難いものがあります。黄色い菊の花びらを頭頂部に戴いているとの意味で、キクイタダキと命名されたことは容易に察することができます。英名のGoldcrestも、頭央部の黄色い模様に注目して、これを金の冠と見立てたようです。
山間部で繁殖し、越冬期になると暖地や平野部に移動する、漂鳥といえます。どういうわけか、この冬のシーズン(2012~13年)は関東地方だけでなくそれ以南の地域でも都市型の公園で多くが観察されています。漂鳥に限らず、渡り鳥でも、ある冬のシーズンだけある種に限って多く人目に触れることがありますが、その理由はほとんど推測するしかありません。おそらく餌の確保の条件によって移動の方向や密度が変わって来るのでしょう。
このキクイタダキ、針葉樹を好みます。この冬は専ら松の木でよく見かけました。私が初めてキクイタダキを見たのは、福岡県福岡市の大濠公園でした。ほとんどが濠状になった公園の中央には遊歩道があり、その当時(1970年代)低い松が植えてありました。その松の枝先で見かけたのが冬の寒空の下であったことが思い出されます(今でもこの公園ではキクイタダキを観察できるようです)。下は、檜の小枝にとまって餌を探すキクイタダキです。餌は、ガの幼虫、クモなどで基本的に肉食性だといわれています。動きは俊敏で、なかなか一か所にとどまることをしません。また、高い木の枝先の虫を採ろうと、ホバリングする様子もよく観察できます。異名として、松毟鳥(まつむしり)、まつくぐりといわれるのは、古来より松の木の付近で見かけられることが多かったからでしょう。
世界的な分布としては、ユーラシア大陸全域にわたりその中緯度から高緯度域、そして日本列島までと広く分布しています。欧州の伝説では、キクイタダキが野鳥の王として扱われることがあるようです。学名のRegulus とは、小さな王という意味だとされています。頭頂部の黄色の縦斑を王の冠となぞらえたのかもしれません。ただ、より古い欧州での言い伝えでは、鳥の王はミソサザイだとされていたようです。日本語版ウィキペディアでは、ミソサザイとキクイタダキが混同されてきたと説されています。しかし、英語版のウィキペディアでは、どうもキクイタダキは、ミソサザイの仲間であり、その中でも冠をかぶっている一番上位の存在という逸話が真実に近いようです。両種とも、ユーラシア大陸に生息する野鳥の中では最も小さい野鳥です。最も小さい存在に、最も偉大な実態があると見る、欧州のものの見方の一端がここにあるようにも感じられます。
さてこのキクイタダキ、雌雄大変よく似ていますが、オスには頭頂部の黄色斑後部に赤色が入るといわれています。上左は、繁殖地の富士山山中で水浴びする個体で、右は冬にさいたま市の都市型公園(秋ヶ瀬公園)で越冬するキクイタダキで、いずれも黄色い斑の後頭部側の端に赤色が見えますので、オスの様です。実に小さくて、動きが素早く、時としてホバリングも行う特徴ある野鳥、キクイタダキ(松むしり)は、歌にも詠まれています。
み山ぎの雪ふるすよりうかれきて 軒ばにつたふ松むしりかな (藻塩草) 寂蓮法師
この歌を見る限り、平安の時代にはマツムシリと呼ばれていることが分かります。寂蓮法師は生物について多くを歌った歌人としても有名ですが他にもこのマツムシリを歌っており、思い入れの深い鳥だったようです。俳句の季語では春です。
松むしり松に鳴くなり花の雨 水原秋櫻子
秋櫻子もまた、生き物、特に野鳥を歌った俳句の多いことで有名です。しとしとと降る春の雨に煙る中、松の木の緑にキクイタダキの黄色い花びら一枚が際立つ姿が見に浮かびます。
今シーズンの越冬期には、都市型の公園でよく見かけることのできたキクイタダキです。来シーズン、今年の冬はどうでしょうか。普通ですと、異常な越冬数を見ることのできた翌年は、反動でほとんど見かけなくなることが多いのですが。
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