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ホーム/コラム/徒然野鳥記/第138回ヒシクイ

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第138回 2013/5/01
ヒシクイ
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ヒシクイ

137)ヒシクイ 「カモ目カモ科マガン属」

    英 名:Bean Goose
    学 名:Anser fabalis
    漢字名:菱喰
    大きさ:84cm

天然記念物に指定(1971年)されている野鳥、ヒシクイをご紹介しましょう。ガンの仲間です。以前ご紹介したマガンと同じような褐色の地味な体色をしています。マガンに比べて一回り大きく、また、嘴を見るだけで違いが明確です。マガンの嘴はオレンジともピンク系とも見える明るい色ですが、ヒシクイは黒で、全く異なります。また、ヒシクイの黒い嘴の先端にはオレンジ色の模様が入っています。

また、正確にいいますと、国内に飛来するヒシクイには二亜種あります。亜種ヒシクイ(A.f.serrirostris)と亜種オオヒシクイ(A.f.middendorffii) です。天然記念物に指定された1971年には、両亜種がまだ区別されずにいたのです。1980年代になって、新潟県、福島潟での観察者グループが観察の結果疑問を抱き、生態や分布の違いを観察。その成果として現在では、ヒシクイには2亜種あることが理解されるに至っています。名前の通りで、亜種オオヒシクイの方が一回り大きく、一緒にいるとすぐに区別できます。でも別々に見るときには、嘴の長さとその傾斜具合で判断できます。オオヒシクイの嘴は長く、嘴の上端の傾斜がなだらかです。ヒシクイの嘴は短く、どちらかというと嘴中央部がふっくらと見えるのです。越冬地での傾向として、日本海側には亜種オオヒシクイが、宮城県などの太平洋側では亜種ヒシクイが主としてやってきます。しかし茨城県、霞ヶ浦にやって来るのはほとんどが亜種オオヒシクイです。2000年の推定で、オオヒシクイの日本への飛来数は8900羽、それに対してヒシクイの飛来数は4200羽、合計13000羽が越冬しているものと観測されています。

下は、苫小牧市ウトナイ湖で見かけた一シーンです。中央が亜種オオヒシクイ、右がマガン、左がオオハクチョウ。だいたいの大きさの関係がご理解頂けるでしょう。オオヒシクイは、ガンの仲間の中でも最大の大きさを誇っているのです(翼開長1m80cm)。

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ヒシクイも他のガンの仲間と同じく、植物食性です。名前のいわれともなっている水生植物のヒシやマコモの他に、稲刈りの終わった田圃で、二次穂を啄ばむ姿がよく観察されます。英名の、Bean Gooseとは、かつて英国への飛来が豆の収穫期にあたるところから採られたといわれています。国内へやって来るヒシクイの繁殖地は、カムチャッカ半島で、二か所あるといわれています。半島南部で繁殖する群は北方四島を経由し、半島中西部で繁殖する群は樺太を経由して渡る二つのルートが推測されています。他方で、国内の越冬地は限定的で、どこにでもやって来るわけではありません。有名な越冬地は、北海道苫小牧市ウトナイ湖、宮城県伊豆沼、新潟県福島潟、茨城県霞ヶ浦、滋賀県琵琶湖、石川県片野、鴨池などです。群として定期的に越冬する南限は、琵琶湖だとされていますがが、例外的に沖縄で数羽の個体が観察され新聞紙上で騒がれることもありますし、大分県でも観察されています。これらの集団越冬地の中でも、新潟県福島潟は全国で最大の飛来数が観測され、その数5000羽以上だといわれています。

上のタイトル写真は、北海道ウトナイ湖で撮影したもの、またすぐ下の2枚は、茨城県霞ヶ浦で撮影したものです。残念ながら、亜種ヒシクイの撮影ができておりませんが、筆者の最近の観察地、群馬県多々良沼には、両亜種が数羽立ち寄ることが知られています。本年も亜種ヒシクイが1羽だけ数日滞在しました。

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上、左は、田圃で羽ばたきしている2羽ですが、おそらく番ではないかと思われます。ハクチョウやガンの仲間は、雌雄の外見上の区別がつきません。このように雌雄の区別のつきづらい大型の野鳥は、番関係を一方が死ぬまで継続するといわれています。また、上右は5羽のヒシクイですが、常に行動を共にしていました。まず間違いなく親と若鳥の家族です。ハクチョウも越冬地では家族単位で行動することが知られていますが、ヒシクイも同様なのです。ただハクチョウの若鳥は体色が親と異なっていてすぐに区別がつきますが、ヒシクイはほぼ同じ色ですので、よく細部を検討しないと若鳥か成鳥かの判断はできません。一般的に、若鳥は嘴に入る橙色の斑が薄く、その境界が不明瞭、また脚のオレンジ色が不明瞭で灰色味を帯びる、さらに雨覆羽の先端が不ぞろいでギザギザに見えるといわれています。残念ながら、上右の写真ではそれらのポイントが不明瞭で、小さい方が若鳥だろうと推測することはできますが、確信は持てません。

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関東地方では、唯一毎冬、群れでやって来るヒシクイの越冬地は、茨城県霞ヶ浦の稲波干拓地(江戸崎地区)だけです。飛来地周辺の農家の方々と関係者の努力で、毎年100羽近い数にまで飛来数が増加してきているといわれています。毎年年に一度はうかがっていますが、関係者の尽力には頭の下がる思いをしています。上は、ある霧の濃い11月早々の朝、霧の合間から瞬間、見えた田圃に降り立った亜種オオヒシクイ達です。

今日からは日本の雁ぞ楽に寝よ  小林一茶

一茶の故郷、新潟県の雁といえば、おそらくオオヒシクイで間違いないことと思われます。この時代、渡ってきた雁が海を越えた他国からのものであることを異能の俳人一茶は、正しく感じ取っていたようです。またこの雁がマガンだとしても、外国から来るという判断は正しいものです。

菱喰の遠見に群れてしづかなる  染谷秀雄

コハクチョウやオオハクチョウは、餌を食べる際、お互いにかなり大きな声で鳴きあいながら、ある意味騒々しく採餌します。それに比べますと、ヒシクイの採餌はもっと静かで、どちらかというとひっそりと行うような印象があります。霞ヶ浦で霧の向こうにいたヒシクイたちは、ほとんど音を立てなかった思い出があります。

燕雀安知鴻鵠之志哉(「十八史略」。燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや)ということわざがあります。ちっぽけな鳥としての、ツバメ(燕)とスズメ(雀)に対して大きな鳥の代名詞としての「鴻」とはまさにこのヒシクイのこと。ちなみに最後の「鵠」とはハクチョウのことだといわれています。ヒシクイやハクチョウの志は分かりませんが、大型のガン科の野鳥が、寒風吹きすさぶ冬の田畑にいる風景が、関東平野の風物詩として描かれる環境ができないことか、と赤城山系を前に、浅間山を西にみながら、夢見ています。

 

 

(注)写真は、画像上をクリックすると拡大できます。

 



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