桜の早かった今年の春です。一寸桜を長持ちさせるために、その歩みもたたらを踏んでいるようですが。さて、この季節の旅鳥の代表はシギやチドリの仲間です。シギの中の一種、オバシギを今回とり上げましょう。雌雄の外見上の区別はつかないとされています。図鑑では、雌雄の区別がつきづらい野鳥種は「雌雄同色」と表記されます。ただこれもヒトの可視限度内の世界のことで、鳥の視力にはまだまだヒトが理解できていない能力があるものと思われます。
日本よりはるか北で繁殖し、越冬には赤道付近から、時としてそれを超えた南半球、オーストラリアまで飛翔します。日本では、その途中に、春と秋に立ち寄る旅鳥として観察できます。ネット情報では、繁殖地は「ユーラシア大陸の北極圏のコリマからアナジルにかけての限られた地域」とのことです。また、越冬地はインドから東南アジア、ニューギニア島、更にはオーストラリア大陸にまで及ぶようです。欧州からアフリカや、北南米には生息していないようですので、世界的には太平洋の西側の縁、ユーラシア大陸の東側沿岸だけの生息です。国内の海辺の砂地、磯、河口付近、干潟で観察することはそれほど困難ではありませんが、世界的には珍しい部類のシギなのです。
タイトル写真は、8月初旬、九十九里浜で飛翔するオバシギです。褐色味を帯びた灰色の背中で、明確な斑が入っているわけでもない翼上面です。上尾筒部分は白いのですが、その点を除けばこれといった特徴がない、実に地味な飛翔の姿です。頭部から尾羽にかけてが、広げた翼の割合に短く、その点ではスマートなバランスとは言えないのが特徴でもあります。
下左の写真は、東京湾三番瀬で5月に撮影したものです。胴体部の長さに比べて脚はどちらかといえば短めです。飛翔している姿といい、地上に降り立った姿といい、なんとなく野暮ったさを感じられる方もいらっしゃるかもしれないバランスをしています。また、動作も決してきびきび、もしくは、せかせかとしたところはありません。のんびりしているという感じはありませんが、落ち着いて、よくいえばどっしりと構えて採餌している感じを受けます。こういう動作の緩慢さを老人、老婆にたとえて、姥(うば)を当てたのかもしれません。全体と白黒褐色の背中に橙色の模様が不規則的に入っています。5月と言えば晩春、越冬地からやってきて、これから北極圏にほど近い繁殖地に行く途中です。背中にオレンジ色の羽根が入り始めほぼ夏羽に換羽をしてます。これはオバシギの夏羽で、胸前部がかなり黒く換羽しています。
下右は、九十九里浜で8月初旬に撮影したもので、繁殖を終えこれから越冬地へと向かう途上です。夏羽から冬羽へ換羽しつつあり、背中の羽根の橙色も薄くなりつつあります。左右の橙色の色味を比較されれば、よくお分かりだと思います。繁殖に向かう左側の羽根と、繁殖を終えた右側の羽根です。
さて下左は、8月中旬に、千葉県手賀沼周辺の水耕田で撮影したもの。オバシギは、海水域や汽水域だけでなく、淡水域にもいるのです。下右のウミネコと一緒に映っているものは、8月下旬に東京湾三番瀬で撮影しました。ただいずれも、夏羽から換羽したようすがなく、さらに、背中の羽根の白い縁取りが実に明瞭です。どうもこの2枚の写真の個体は全て、この年に生まれた幼鳥ではないかと思われます。
オバシギは、春、秋に観察される旅鳥であることは既に触れましたが、秋に観察される個体はほとんどが幼鳥なのです。成鳥を秋観察できる確率はかなり低いのです。おそらく繁殖地から越冬地へと行くコースでは、ほとんどの成鳥が中国東部から朝鮮半島、中国南西部の沿海部を辿って飛翔しており、また多くの幼鳥が日本列島を南下しているのではないかと思われます。その意味では、上右の写真は貴重なのかもしれません。
さて下の写真は、東京湾・三番瀬で8月中旬に撮影したもので、左の個体は夏羽、右の個体は冬羽をしているように見えます。しかしよく見ますとどうも右の個体は幼鳥で、ひょっとするとこのペアーは親子なのかもしれません。
旅鳥であるからでしょう、オバシギは秋の季語です。
跡にたつは姥鴫と云ふ鳥なるか 亀洞
おそらく、海辺で足を止めて振り返った磯に、オバシギが餌をゆっくり啄ばんでいる様子を見たのでしょうか。ちょっと心の虚ろな様子を感じさせる句です。これから連休にかけて、また、夏休みの終わる頃、実に地味なシギ、オバシギを探してみませんか。
(注)写真は、画像上をクリックすると拡大できます。