山で野鳥を観察される方の多くが、一度はまじかであってみたいと願う鳥、それがオオルリです。夏に国内の山間部で繁殖し、冬にはインドシナ半島、フィリピン諸島で越冬します。国内へは、越冬地から春先にやって来て都市部の公園などで疲れを癒し、山へと繁殖に向かいます。また、冬の越冬のための渡りの前にも秋には都市型の公園に立ち寄ってくれます。中継地にとどまるのは短いと2,3日間、長いと1週間ほどです。ですからオオルリの観察は、必ずしも繁殖する山間部まで出かけなくても可能なのです。
多くの方がご存じのように、ウグイス、コマドリと並んで日本三鳴鳥と称されるほどに特徴ある澄んだ、また響く声で囀ります。頭部から背中にかけては、その名前の通り瑠璃色で、喉から胸上部にかけては黒、胸下部から下腹部にかけては白と実にコントラストが鮮明です。英名、Blue-and-White(青と白)とは、オオルリを正面から見た時の色合いを表現したものでしょう。
繁殖地には、毎年オスが先にやって来て縄張りを確保します。メスの到来はその後となります。私が観察しております埼玉県民の森では、毎年4月中旬にはオスがやって来て、5月のゴールデンウィーク前後には番(つがい)が形成され、巣作りに入っています。
瑠璃色のオスに対して、メスは実に地味な色合いをしています。下の左側の写真がメスです。オオルリの繁殖地は、キビタキの繁殖地でもあります。オスは瑠璃色と黄色で見間違えることはないのですが、メスは同じように地味なオリーブ系の褐色でよく似ています。後ろから見た場合、オオルリは両翼と中心部から尾につながる部分の色変化がそれほどありません。それに対して、キビタキのメスは明らかに翼部分の色が濃く、色彩の濃淡が明らかです。またキビタキの羽縁には白い線が入ることが多いのですが、オオルリではそれはほとんどありません。さらに、正面から見た場合喉の白い部分がキビタキは広く、オオルリは非常に狭いという違いがあります。最も一緒にいてくれれば、大きい方がオオルリのメスです。
ところでオオルリはメスも囀ることはあまり知られていないようです。数年前のこと、埼玉県民の森を真夏の7月下旬に歩いていた時のことです。道を青々と茂った枝が覆い、陽がほとんど差し込まない地点に差し掛かったところ、突如頭上でなんともけたたましい鳥の囀りが聞こえます。あわてて見上げます。わずか2,3メートルほどの高さの枝に、スズメ大の地味な野鳥が囀っています。その時まで、オオルリはオスだけが囀るものと思っておりましたので、なんの鳥かとしばらく分からないままでした。暗い茂みを逆光の中で茫然と見上げておりました。後になって、それがオオルリのメスであることが分かった次第です。
オオルリは、枝先にとまり空中を飛ぶ昆虫類を捕捉しては枝先に戻る、フライキャッチを行いますが、その行動はルリビタキも同じです。オオルルリがヒタキ科に属するのに対して、同じような青色をした鳥、ルリビタキはツグミ科に分類されています。それは、オオルリがもっぱら空中や枝先といった樹上生活が多いのに対して、ルリビタキがフライキャッチ以外にもよく地上に降りて餌を採ることから来ているのではないかと思っております。名前の似た、コルリもツグミ科に分類されていますが、専ら地上で採餌することが多いのです。オオルリも地上に降りて採餌することもありますが、その行動は素早く長時間地上に留まることはありません。
雛が孵って巣立ちの頃には、すでに雛のオスには青色味が羽に入って来ます。下は8月下旬、水浴びをするオオルリの若鳥ですが、尾には若々しい青色を見ることができます。完全なオスの色合いになるには、キビタキ同様3年程度を要するものと思われます。
オオルリはその色からして大変に目立つ山の鳥です。そして際立った囀り。もちろん夏の季語です。俳句や短歌に多く詠まれています。
この沢やいま大瑠璃鳥(おおるり)のこゑひとつ 水原秋櫻子
山頂のはれ渡りたる瑠璃の声 小松 和代
瑠璃鳴ける方へ総身傾けぬ 加藤 耕子
上の三句は、いずれもオオルリの抜けるような、そして実に目立つ囀りに注目しています。オオルリの上品な深い青色をご存じであれば、それぞれの句の持つ奥行きも広がって味わえるように思われます。
いまオオルリはどこかの山で、育雛の真最中でしょう。できるだけ孵った多くの雛が無事巣立って、来年の夏山を賑やかにしてくれることを願ってやみません。
(注)写真は、画像上をクリックすると拡大できます。