国内で観察できる野鳥の中では、最も小さい鳥の一つ、ミソサザイです(同じくらいの大きさ=小ささは、キクイタダキです)。時折ミソサザエと表記される例を見かけますが、正しくはミソサザイです。姿は小さく、また濃い褐色のまったく地味な色彩ですが、繁殖期前から、その期間中の囀りの音量はとても大きく、渓流の流れの音をものともせずに周囲に響き渡ります。日本の三鳴鳥といえば、ウグイス、コマドリそしてオオルリを指しますが、もしこれが日本の四鳴鳥ということになれば間違いなくこのミソサザイがその筆頭候補に挙げられるでしょう。またミソサザイの囀りは大きいだけでなく、結構長く続きます。枯れ木の頂点で囀っているミソサザイです(長野県・戸隠森林公園)。
囀るミソサザイ |
普通、山間部の渓流域に生息し、実によく囀りますがなかなかその姿を探しだせません(上の写真のような例は、幸運に恵まれたといえます)。小さいことと、動きが早いこと、暗い部分にいることが多いこと、また比較的低い灌木の間を移動することが多いためです。ところが、寒い冬になりますと都市公園まで下りてくる個体もあり、またこの時期葉を落とした裸の木々が多いせいでしょう、観察が容易になります。英名のWrenとは、小さいもの一般をさしたようですが、次第にミソサザイを指すようになり、固有の鳥を指す意味で、冬に見かけやすいことからWinter Wrenが最近では用いられるようです。
世界的には、広くユーラシア大陸、北米大陸からアフリカ大陸北部に至るまで生息しています。また国内では、北海道から屋久島までの広い地域で観察されています。囀る際、また素早い動きをちょっと休息する際、尾をピンと立てるしぐさが可愛らしく、またそれが一つの特徴的です。タイトルの写真(市川市自然公園)をご参照下さい。
ミソサザイの語源は何でしょうか。私はおそらく全身の濃い褐色から味噌(ミソ)を連想し、よく囀ることからサザイが付けられているのではないかとかってに思っていました。是は間違いでした。
「鳥名の由来辞典」(柏書房)には,多くの由来説が紹介されていますが、私なりに理解するところでは次のようになります。キーポイントは、この鳥の漢名、鷦鷯(しょうりょう)にありそうです。実は、歴史的に名高い仁徳天皇は、大鷦鷯尊と呼ばれ(日本書紀)ており、どうもその鷦鷯とは、ササキ、もしくはサザキ、もしくはササギと読まれ、後の世に多く広まった姓、佐々木の源であったようです。ササは小さいの意、キは鳥を表す接尾語。つまりササキ(若しくはササギ)は小さい鳥を意味し、平安時代以前には、中国でのミソサザイの表現、鷦鷯をササキと読んでいた。つまり「サザイ」は囀りの転化ではなく、この鳥の外観を表した表現であったようです。
これが平安時代にはサザイとも呼ばれるようになり、この鳥が小川=溝の側にいることから、室町時代に溝(みそ)が形容詞的に付加され、みそさんざい、若しくはみそさざいと呼ばれるようになった。こうして結果的にミソサザイが定着したようです。その後、江戸時代に入り、ミソを味噌と書き下すことも増え、各地方に多くの呼び名が派生して行ったと考えられます。
ミソサザイは一夫多妻。一羽のオスが縄張りの中に巣をつくり、複数のメスと番関係を結びます。その点では、セッカとよく似ています。ただ、オスが作る巣は基礎工事だけで、巣の完成はメスがするようで、その点、私の知る限りではセッカは完成までオスは協力的です。ただ面白いのは、どうもミソサザイの巣には二か所の開口部があり(ほぼ反対部)、出入り口として使い分けているという観察もあります(他の穴状の巣を作る鳥で、このような例を知りません)。これが、天敵に対する防衛策であるとすれば、時として出入り口の機能は変化するのでしょうが、興味の尽きないところです。
ミソサザイは冬の季語で、目立つ鳴き声のせいでしょう。多くの俳句や短歌が詠まれています。その一部をご紹介します。
菜屑など散らかしおけば鷦鷯 正岡子規
千笊の動いてゐるは三十三才 高浜虚子
みそさざいちつといふても日の暮るる 小林一茶
あまづたふ日の照りかへす雪のべはみそさざい啼くあひ呼ぶらしも 斎藤茂吉
これらはどうも、早春から繁殖期にかけてのミソサザイの囀りの時期ではなく、地鳴きする冬時の状態を歌っています。まさに英名のWinter Wren です。この時期、渓流沿いの人家の軒下まで入ってくることさえあります(このことから、地方の異名として味噌盗み(ミソヌスミ)とも呼ばれます)。
例外的に、繁殖期の独特の囀っている状態を歌った句です。
瀬をはなれなほきこゆなりみそさざい 春藻
夏の渓流で、また冬の流れのある都市公園で、この小さなミソサザイを探してみてください。囀るとき以外にはなかなか一所には留まることが無く、常にからだを動かし続けるミソサザイです(市川市自然公園)。