国内では、限定された地域にしかいないオナガを取り上げます。関東地方では、住宅地やその周辺に留鳥として棲息し、四季を問わず人目に触れることも多いので、日本全国どこにでもいるように思われがちです。この点について、図鑑の記述を調べてみました。
「原色日本鳥類図鑑」(保育社:1987年2年6月1日新訂増補版4刷発行)では、「関東平野には特に多産する。分布:留鳥として本州・九州北部に生息するが分布は局地的である」と述べられています。 他方、「日本の野鳥」(山と渓谷社:1988年5月1日第4刷発行)では、「青森県から福井県、静岡県にかけての本州東部に留鳥として分布し、繁殖する。中心は関東地方から長野県、そのほかの地方では局地的。かつて棲息していた九州では現在は見られない」となっています。どうも、関東地方を中心に生息し、飛び石的に九州に生息していたものがいなくなり、もともと関西地方と北海道には生息していなかった、と読み取れます。結論的に、現在では関東を中心として、「留鳥として本州の福井、岐阜、静岡を結ぶ中部地方以北から東北地方まで分布」している(「日本の野鳥590」平凡社:2001年1月15日初版第2刷)となります。
タイトル写真は、正面から見たオナガ(東京都・葛西臨海公園)ですが、下の左側は、背中を見せたオナガ(さいたま市・秋ヶ瀬公園)です。東南アジアでは中国、朝鮮半島にも生息しています。下の写真は、香港・米埔自然保護区で観察できたオナガです。(日本の野鳥590では、イベリア半島にも棲息地域としてマークされています。ただイベリア半島のオナガは、別の亜種に属するとされたという情報もあります。)
尾が長いのでオナガと名付けられたことは、間違いないでしょう。嘴と嘴下部より頭部に伸びる過眼線より上が真っ黒で、黒い帽子をかぶっているようです。頭部の過眼線以下は白く、また翼と尾羽は青く、よく観察しますとなかなか綺麗です。カラスの仲間だけあって、雑食性で、樹木の実や昆虫なども餌にし、他の鳥の雛も襲うという目撃例もあげられていますが、私は見かけておりません。
カラスは、集団ねぐらをとることで知られていますが、尾長はより小さい群れで行動するようです。またこの小集団はからすより仲間意識が強く、よくまとまって採餌活動をしています。また、育雛期の天敵であるカラスを避けるため、カラスに対する攻撃性の強いツミの営巣地に隣接した場所で営巣、育雛することも増えているようです。ただ、カラスに対するツミの攻撃性がなくなってくると、地域によってはオナガもツミの営巣地を離れるという観察記録もあります(下記URLを参照下さい)。埼玉県下での観察では、カラスの急増がないせいでしょうか、そのような傾向にはないように思われます。
http://www.bird-research.jp/1_ronbun/2005brtaikai/ueta.pdf
他方で、近年オナガは、カッコウの托卵相手としても選ばれているようで、より小型のオオヨシキリやホオジロ、ウグイスなどよりも、雛を育てる(育ててもらう)条件としては好都合でしょう。ただこのカッコウとオナガの托卵関係にも、経年変化が見られるようです。鳥類研究者、中村浩志氏の興味深い解説を下のURLで見ることができます。
http://www.athome-academy.jp/archive/biology/0000000268_all.html
ツグミやヒヨドリのように波型に、それも比較的ゆっくりと、見方としては優雅に飛翔するオナガです。井原西鶴の好色一代男に、花魁の容姿を記述して、こうでてきます。「萌黄の薄衣に紅の唐房をつけ、尾長鳥のちらし形、髪ちご額にして、金の平鬙(ひらもとゆい)を懸て」。尾長鳥のちらし形とは、いったいどのような形状でしょうか。オナガは時として長い尾を広げるようにする場合があります。その状態を形容しているのかとも思われます。豪華で、色彩豊かな衣装の一部に取り入れられるのですからオナガも本望でしょう。また、井原西鶴が、江戸の人であったことがうかがわれます(大阪ではない)。
オナガは四季を通して見られるからでしょう、季語ではないようです。 水原秋桜子の「岩礁」にこう出てきます。
尾長どり巣かけし椎は花匂う
上の句の場合、季語は巣(とりの巣)で、春を表しているのでしょう。
カラスの仲間で、仲間意識の強いオナガがなぜ生息域を拡大しないのか、局地的にしか住まないのか、まだまだ野鳥の生態には不明な点が多いようです。ツミに守ってもらったり、カッコウに托卵されたりと、意外と繊細なのかもしれません。オナガがどこにでもいる、普通の野鳥ではないことをご理解いただけたでしょうか。