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第65回 2008/2/1
ピアニストは指先で考える
ピアニストは指先で考える

著者:青柳 いづみこ

発行所:中央公論新社
出版年月日:2007年6月5日(再販)
価格:2000円(税別)
ISBN: 978-4-12-003831-0


 非常にウイットに富んだタイトルです。かつてこの「みだれ観照記」(第43回)でもご紹介しました、「バイオリニストは肩が凝る」(鶴我裕子著アルク出版)は、クラシック音楽の演奏者からみたオーケストラの舞台裏の数々を、音楽鑑賞者に向けて表現したものでした。バイオリニストと異なり、今回はピアニストという立場から見たものなのだろうと、興味に駆られて購入した一冊です。ところがこの期待は見事に裏切られました。素人にも分かりやすい表現をとろうと勤めていただいてはいるのですが、最初から、極めて専門的です。

 第1章「ピアニストの身体」、2章「レガートとスタッカート」では、実際にピアノ演奏を、それもかなりのレベルに達するまで経験した人にしか、実際のところは理解できないかもしれません。私のように、ピアノの鍵盤に触ったことしかないものにとっては、指使いに大きく二つの方法があること、「ピアノの弾き方を教えるというのは、歩き方を教えるようなもの」であること(指の関節の重要性)、演奏に当たって体から力を抜く、「脱力」が大切であること、等々、いずれも初めて知ることばかりでした。このあたりでは、私と同じような演奏の未経験者、素人の方にとっては、プロのピアニスト(兼演奏の指導者)に黙ってお教えいただくしかありません。

 第3章以降ともなりますと、俄然面白くなります。「楽譜に忠実?」の章では、かつての偉大な作曲家が自身で演奏するときには、時としてかなり譜面上の表現を変えたり、例えば、ショパンは自分の曲を二度続けて同じように弾くことがなかったというエピーソードを紹介しています。作曲家の譜面にこめられた意図を、演奏者がどのように理解してその曲に臨むのかという意識性が大切であることを語っているようです。既に物故された指揮者の岩城宏之氏は、かつてNHKテレビのインタビューに答えて、たしか「ある曲の指揮を終えたとき、一番心に浮かぶのは、この曲の作曲家の大先生がこれを聞いて微笑んでいるだろうかということです」という意味のことを語っていました(また、これに続けて、「ベートーベン先生はなかなか笑ってくれません」と苦笑していましたが)。「ある音楽の意味するもの」をどのように表現するかに苦心するのは、指揮者だけではなく、演奏家もそうなのです。とりわけソロ演奏の多いピアニストにとっては、この点が強調されすぎることはないのでしょう。

 さてこのコラムを訪問されている皆さんは、おそらく何らかのステレオ装置を通して、例えばCDで音楽を楽しまれていることでしょう。そのような方にお勧めしたいのが第5章「コンサートとレコーディング」です。聴衆を前にした演奏と、CDに録音する際のレコーディングの違いが手に取るように理解できます。青柳さんは「CDとコンサートで何が違うかといったら、パフォーマンスの要素があるかないかだろう」と語っています。また、CD化された演奏は、録音技術者やCDの販売元の意図が反映されているので、その音楽は「半分が演奏家のもので、後の半分はディレクターか(録音)エンジニアのものだと思ったほうがいいかもしれない」と、いささか謙虚すぎる発言をしています。その意味でも、再生音楽だけでなく、コンサート会場で演奏家と空気を共有して音楽を楽しむスタンスが必要なこと、再確認させてくれました。

 日本で一番愛されているクラシック作曲家といわれています、モーツアルトを述べた、第6章「ピアニストと旅」の「愛されたかったモーツアルト」は、ピアニストならではの感性と鋭い視点を持った「モーツアルト論」といえます。モーツアルトがお好きな方、この項だけでもこの本を買う価値があります。

 末尾に「演奏家の未来」があります。概略しますと、昨今のピアニストは、難解な曲も簡単に弾きこなせるほどの技術的な向上を見せ、それも音楽性を表現できるし、国立・芸大対私立・桐朋という「2大政党の勢力図も群雄割拠の時代に入り」、自由なる演奏家としての自己主張ももっている。そして続けるのです。

 「いいことずくめのようだが、問題はこれだけの人材を生かす受け皿である。現在の日本では、需要と供給のバランスがくずれている。優秀なピアニストは多いが肝心の聴衆が少なく、せっかく優秀でも演奏の機会が極端に少ないのだ」と。皆さん、この本を読んだら、ぜひ演奏会場に足を運びましょう。「生のステージの魅了に目覚めた聴衆たちは、『知り合いの』ピアニストだけでなく、他のピアニストの活動にも興味をもち、違った感動を求めてチケットを買うだろう」。そして「そういう聴衆が増えれば、『お上』の価値観にまどわされない『耳』が形成され、個性豊かなピアニストたちの様々な活動がやりやすくなるだろう」と結んでいます。技術論から始まり、現在の日本の音楽的社会性への批判で結んでいるこの著作は、やはりピアノ演奏の経験がまったくない方でも、音楽がお好きであれば、お勧めです。

 


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