難解でありかつ特殊な科学分野の世界を、特別な専門知識のない人に向けて、判りやすくまた、興味をわかせるように「書き砕く」作業は、筆者自身のその分野における深い専門的な理解と、それを取り巻く幅広い領域に対する広範な知識と、そして最終的には面白く読ませる高度な文筆能力が要請されます。筆者、サイモン・シンの名前を全世界に知らしめたこの「フェルマーの最終定理」が、何故に多くの読者を惹きつけたのかは、読みやすさと判りやすさを兼ね備え、なお読者を魅惑して離さない力強い文筆能力に他なりません。翻訳者の青木薫氏が、「専門的な数学を事細かに説明せずとも、数学上の業績の偉大さをこれだけの説得力を持って訴えうるというのは、大変な力量である」と感銘するのは、このようなことではないでしょうか。
この本の「序」で説明されていますが、「フェルマーの最終定理」はイギリスBBCテレビのドキュメンタリー番組「ホライズン」で放映されたものを、その番組制作に携わったサイモン・シンが文章に纏め上げたものであり、「ホライズン」の編集者は、「本書は、人間の思考にかかわる稀有にして壮大な物語の、徹底的な、そして啓蒙に満ちた記録である」と最大限に評価しています。
「直角三角形の斜辺の二乗は、他の二辺の二乗の和に等しい」事を証明したのは、紀元前六世紀のピタゴラス(本書ではピュタゴラスと表記されています)であったことは周知のことです。よくx2+y2=z2と書き表される定理です。この普遍的な定理に対して、17世紀フランスの数学者フェルマーは、この定理を数式としてみた場合、2以上の数字では成立し得ない(整数解をもたない)ことを「証明した」として、数学史に「フェルマーの定理」という難解な課題を残したのです。つまり数式xn+yn= zn は、唯一nが2であるときのみ成立することを「定理」として証明したと言い残し、その証明については書き残すことなく、20世紀最後になって天才的な数学者、アンドリュー・ワイルズを待つまで世界の有能な数学者を悩ませ続けてきたのです。
この「フェルマーの最終定理」は、1990年代の終わりに、アメリカの数学者ワイルズが、どのようにこの難解なこの定理を解いていったのかを中心におきながら、まず数学的な定理の証明と、科学的な仮説の証明との違いを、ピタゴラスの時代からの歴史的な普遍性を持ったものとして説明してくれます。紀元前6世紀のピタゴラス、17世紀のフェルマーそして20世紀のワイルズを標識に、人間の知恵が数学の歴史にどのように表されてきたのかを判りやすく説明してくれていることがこの本の第一の業績といえます。
また、本書はとりわけ日本の読者には好感をもたらすものでしょう。この、ワイルズによるフェルマーの定理の証明に、有能な日本の三人の数学者が、深く関わっていたことを教えてくれます。「ビッグバン宇宙論」(「観照記」第60回で紹介)では登場することのなかった日本の研究者でしたが、ここではまず、谷山豊(早世する)と志村五郎という二人の有能な数学の共同研究者の人生と学説(谷山=志村予測)が概略されます。そして、「フェルマーの最終定理」の最後の段階で有力な武器となったのが、岩澤健吉氏の「岩澤理論」であることが語られるのです。残念ながらこれらどの3名の名前すら知らなかった私には、新鮮な知識ともなりました。
一旦、1993年に証明されたかに思われたワイルズによる「フェルマーの最終定理」が、完全なものでないことが判明し、その後一年を経た1994年に完成するまでの、ワイルズの苦悩の過程を描いた部分は、まさに小説以上に読者を引き込む魅力にあふれています。そこで、かつては有用ではないと仮定された理論が、他の理論と組み合わされることによって一挙に光り輝いてくる様子が生き生きと述べられています。こうして、ワイルズの証明が、それに先行する全数学史の上に立って、とりわけ20世紀の最高の数学的叡智の集大成であることが解説されるのです。ワイルズの採用した、近代の(とりわけ20世紀の)「予測」や「理論」は、逆にワイルズによってその有効性が証明の段階に高められたとも筆者は語っています。そのようにワイルズの功績を双方向に分析でき、全容が判りやすく説明されている、この点が第二の業績ではないでしょうか。(ただ数学者でもあると思われる、翻訳者青木薫氏の巻末の解説によれば、ワイルズは、谷山=志村予測の全体を証明したわけではないと注釈が付けられています。)
こうして、17世紀の宿題が、300年を経た20世紀最後に解かれ、その証明の最終的な武器が20世紀における最先端の複数の理論であったことがサイモン・シンによって解説されました。しかし、そうであれば果たして17世紀に自ら証明したと語った、フェルマーのオリジナルの証明は本当に正しかったのかという素朴な疑問が浮かびます。『余白が狭すぎるのでここに記すことはできない』とされたフェルマーの『驚くべき証明』は、実は不完全なものであったのか、または17世紀までの理論で、ワイルズとは別のアプローチで証明できるのか、サイモン・シン自身も興味深い課題として残しています。
近代数学史上の高名な学者としては、数学上の技術を駆使して、天文学にも偉大な功績を残した、カール・フィリードリッヒ・ガウス(1777−1855)しか知しらず(ガウスの数学史上の位置付けもこの「フェルマーの最終定理」では説明されています)、高度な数学的な知識を何も持ち合わせない私ですら、非常に面白く、一挙に読み進めざるを得ない魅力を持った一冊でした。科学に興味のある方、既にお読みになった方もさぞ多いと思いますが、まだでしたらお勧めです。