ナベヅル:夏はシベリア東南部(バイカル湖東部からアムール川河口域)で繁殖し、冬になるとわが国や朝鮮半島南部の順天湾、中国・長江流域のほとんど決まった場所で越冬します。特別天然記念物に指定され、日本版レッドリスト絶滅危惧II種にあげられてもいます。わが国で見ることのできるツルの仲間のうちでもっとも小さい種類でもあります。
カメと並んで長寿と吉兆のシンボルとされていますが、これまでの観察では寿命は大体20~30年といわれています。また江戸時代の絵に、松にとまる鶴の姿が描かれますが、ツルは足の構造上木の枝をつかんでとまることはできません。おそらく松にとまるコウノトリもしくはシロサギの仲間を誤認したのかもしれません。
飛来地として、鹿児島県の出水平野が最も有名ですが、山口県周南市八代盆地へも飛来します。山口県では、このナベヅルを県の鳥に指定しています(鹿児島県のシンボルの鳥は「ルリカケス」です)。全世界の生息数はおよそ一万羽強と推測されていますが、何とそのほとんどが出水平野で越冬するようです。1948年には300羽であった越冬数が、一昨年の2006年には1万1千羽以上へと増加しています。他方、周南市で越冬するナベヅルは年々減少し、この執筆時点では9羽(戦後の1940年代には300羽以上)しか観察されておらず、出水平野への集中が際立ってきているようです。周南市のナベヅル情報のサイトです。
http://www.kvision.ne.jp/~kvn0779001/
出水平野、八代盆地以外にも、この冬は、島根県出雲平野、斐伊川に7羽が越冬中で(産経ニュース、12月2日)、鳥取県米子市彦名新田の米子水鳥公園にも1羽が飛来し(11月5日、Net Nihonkai)、また高知県香南市でも3羽が飛来(高知新聞12月8日)と報道されています。しかしまだまだ圧倒的に少ない拡散率です。出水への一極集中は、飼養する上では効率がよく、個体数の増加につながるのですが、いったん伝染病に冒されますと感染速度が極めて速いであろうことが予測され、日本野鳥の会を含めた環境保護団体では、何とかそうした危険性を下げるため、出水平野以外にも拡散して越冬させるよう努力を払っているようです。
出水と周南の違いは、出水市が広大な53haの農地を借り上げその周辺を黒いビニール状のネットで囲み、餌を撒き、保護管理者を置いているのに対して、周南市ではそこまでの対応ができていないことがまず挙げられます。また、ツルは親離れした後、若い個体だけで群れを作り越冬地に向け飛翔しますが、その際既に一大集中地となった出水に向かう大きな群れに自然に吸収される要因もあるようです。ただ同市のナベヅルを呼び戻す努力の数々には頭の下がる思いです(上記のサイトを参照ください)。私が出水平野を訪れた昨2007年11月下旬には、この周南市から視察団が訪れ、熱心に出水の関係者と情報を交換していました。
近年の探査装置の軽量化と追跡調査の高度化により、出水平野のナベヅルの北帰行のルートは既に解明されています。出水を発った後、朝鮮半島を北上、北朝鮮の西海岸を経ていったん中国東北部の三江湿原で休息、その後シベリアのアムール川中、下流域に到達するようです。総飛行距離ほぼ2,000kmを、個体差がありますが20日から40日間をかけて、途中で休みながら飛行し、最高高度は1,000m、飛行速度は時速40kmと報告されています。
背中とお腹ともに全体として黒く、ススまみれのなべの底を想起させることから、ナベヅルと名付けられたのでしょう。「鳥の名前」(東京書籍)によりますと、鎌倉時代には「くろつる」と呼ばれていたものが、江戸時代になって今の「なべづる」と定まったようです。下は、羽の下とお腹の部分が黒いことが良く分かる親子そろった飛翔です。首が白いのが親、茶色身の入っているのが子供です。
飛来地では雑穀類を与えているようですが、ナベヅルは穀物類だけでなく、ドジョウなどの小魚、昆虫、トカゲ、カエルなども餌とする雑食性の野鳥です。
俳句の上で、ツルは、使われ方によって季語の性格が変化します。
冬は、鶴、凍鶴、鶴凍つ、霜の鶴、霜夜の鶴。 春は、鶴帰る、鶴の舞、引鶴。秋は、鶴渡る、鶴来るであり、新年を表すのは、初田鶴(はつだず)や初鶴です。
子を連れて落穂拾ひの鶴の群 杉田久女
田の氷る寸前にして鶴の声 吉本伊智朗
田鶴舞ひて八代(やつしろ)の峡(かひ)を暗くせり 塩川雄三
めでたいことの象徴とされるツルです。出水平野に、通常ですと北海道にしかいないはずのタンチョウが来た記録も残されています。ひょっとすると、どこかの広い平野に年々を寿ぐツルがいないとも限りませんよ。