タゲリ:日本では普通秋に渡ってくる冬鳥。
稲刈りの終わった後、木枯らしが吹き始める前に北極圏から渡ってくる、冬の風物詩を彩る、ドバトほどの大きさの色鮮やかな野鳥です。何といっても大きな特徴は、頭の上の冠羽。背中、翼の上面は光沢を持った緑黒色。これが朝日、夕日に反射すると、時として緑色に、または紫色に光り輝きます。下は夕日を浴びた、関東平野に降り立ったタゲリです。
飛翔中に良く分かりますが、翼の先端は丸みを帯び、しなやかにふわりふわりと飛び立ちます。下から見上げますと、両翼の先端部から胴体部にかけてほぼ半分が黒、残りと胴体部下面が白で、実に良く目立ちます。比較的曇り空が多く、暗い褐色の地面が多い冬の田園風景に、あたかも黒と白のコントラストを描く天使のように映えます。イギリスでは、このタゲリを「彷徨えるユダヤ人」、Wandering Jewとも呼ぶそうですが、それはおそらく群れをなして飛ぶタゲリは、ガンやカモの群れの飛び方とは異なり、あちらへ行ったり、こちらへ曲がったりと、一定の方向性を持たないからではないでしょうか。一説には、このタゲリの鳴き声が奇妙であることからと説明されますが、タゲリの声の特異性よりも、集団での飛び方が彷徨っているかのごとく見えることからと解釈したほうが説得性があるように思われます。
数羽から数十羽の集団でいることが多く、降り立って餌を採るとき、飛んでいるとき、よく、ミャオ、ミャオもしくは、ミューミューと聞きなせる、あたかも猫のやさしい鳴き声とも聞こえる声で鳴き交わします。田や畑でも、比較的湿った場所を好むようです。海岸や汽水域で見かけたことはありません。雪に田畑が覆われるようになりますと、川原に降りて来て餌を探す様子がよく観察されます。
餌は主として動物性のもの。地表、地中の昆虫、甲殻類、ミミズなどです。長年の観察地、さいたま市の見沼田圃ではここ2,3年、著しく飛来数が減ってきています。こうした餌が少なくなったためなのか、地球温暖化のせいであるのか判断できませんが、どうも全国的な傾向のようです。
このタゲリの名前の由来ですが、ネット上の百科事典「ウィキペディア」では、2007年11月現在、「足で地面を叩いて虫などをおびき寄せる様子が田を蹴っているみたいで、タゲリと名前が付いた」と説明されています。しかしこれは、100%間違いとは言い切れませんが、少々無理な説明の感があります。この説では、タゲリがそれ自体一語の固有名詞として説明されています。しかし、以下説明しますが、ケリの仲間のタゲリつまり、「タ」の「ケリ」であると理解すべきだと考えます。また、少なくとも私は、タゲリが地面を叩いているように見える様子を観察したことはありません。
タゲリの名前は既に江戸時代には定着していたことは間違いないようです。それ以前には、「いぬけり」(注)、「なべけり」、「朝鮮けり」、「うみけり」という古い異名があったようです。「いぬ」と形容詞の付く生物の名前は多いのですが(例えば、あめりかいぬほうずき、いぬびえ:植物)、その意味合いは本物ではないという意味です。「いぬけり」とは、「けり」とは似ているが異なった鳥ということです。また、「なべけり」は、白い胴体部に対して、羽の先端部の大きな黒い部分を指しているものと思われます。また、「朝鮮けり」や、「うみけり」は、本来のケリが渡りをしない留鳥であるのに対して、タゲリが海のかなたから渡ってくる渡り鳥であることを指しているものと思われます。
つまり、どの古い異名を見ましてもまず「ケリ」があって、その「ケリ」に対して形容詞が用いられているのです。ですから、タゲリも、田圃にいることの多いケリというのが本来の由来でしょう。また、遡ってケリの名前は、その鳴き声が「ケリ、ケリッ、ケリッ」と聞きなせることから付けられたようです。
冬の風物詩の重要なキャラクターでもあるタゲリは、もちろん冬の季語です。
田鳧来て打ちかけし田をあさりをり 田島 桐影
田鳧啼き雨晴れてゆく薪村 野口喜久子
畦ゆけばさとき田鳧がまず翔てり 土方 秋湖
最後の写真は、鹿児島県出水平野で朝日を浴びて飛翔するタゲリです。冬の田圃に普通にいるタゲリですが、意外と気付かれずにいるようです。木枯らしの中、じっと田圃にたたずむタゲリを探してみてください。一羽見つかれば、まず数羽その近くにいるはずです。
(注)大和本草「関東にて犬けりと云。頭に勝(かざし)あり」(1709~15)