2014年最初の鳥として、ヘラサギをとりあげてみましょう。実は年末の2013年11月から12月にかけて、埼玉県川越市郊外にあります、伊佐沼にたった1羽だけやってきたのが若いヘラサギだったのです。トキ科の野鳥ですが、よく似たクロツラヘラサギが同じ場所にやってきたのが2011年11月で、ちょうど2年前のことでした。そこでその直後、2年前の同じ1月1日付の本シリーズの第122回で掲載しました。タイトル写真と、下の餌を採っている2枚の写真は、いずれも今回伊佐沼に飛来した個体です。
白い体に、長く平たい嘴をもち、その先端がヘラ状に太くなっています。シラサギの仲間のような色と体型と、先端がヘラ状の目立つ嘴であることからこの名前がつけられたことは間違いなさそうです。餌の捕り方は独特で、水中に入り長い嘴を水に浸け頭を左右に振りながら前進し、嘴先端の触覚で泥の中の餌を探し当てます。嘴内部には、歯の機能を持つ器官が全くなく平らですので、探しだした餌は一旦水面から引き上げ丸呑みします。下左側は、おそらくドジョウ、右はクチボソだと思われる魚を飲み込もうとしている場面です。この採餌方法は、クロツラヘラサギと全く同様ですが、クロツラヘラサギが何羽かの小集団で餌を囲い込むような集団採餌行動をとるのに対して、ヘラサギが同様に集団採餌行動をとるのかどうかは不明です。単独でいるところしか観察できていないのです。
ウィキペディアによれば、国際的な繁殖地は、ユーラシア大陸中央部やインドに点在的にあるとされていますが、それらの地帯からの観察報告は近年ないようです。残念ながら、その地域のヘラサギは絶滅したと思われます。世界的に見てもヘラサギのほとんどは、朝鮮半島の軍事境界線、黄海側の非武装地帯一円で、臨津江河口と漢江河口の無人島、留島が中心となっているようです。2002年の国際的な調査団の報告では、その周辺の無人島、ソク島やピ島でも繁殖が確認されたようです。
南北朝鮮の軍事的な緊張関係から非武装地帯と指定されたこの一帯には、ヒトが入り社会生活が営まれることはありません。また、塩水、汽水を厭わない親鳥と異なり、雛鳥には塩水の濾過機能が未発達のため淡水系の餌が必要ですが、この周囲の河口流域の水田が十分その機能を果たしているようです。人の争いと対立が半世紀以上にわたったために、野鳥にとっては理想の憩いの場所、繁殖の場所が偶然維持されていると言えます。また、朝鮮半島の非武装地帯は生息環境が良いため、しそのまま留まる留鳥となっていることが報告されています。それゆえに我が国を始め越冬地を求めて飛び立つ個体数が少なくなったことが考えられます。以前はツルの越冬地として有名な鹿児島県出水市に少数の群れが来ていたとウィキペディアで紹介されていますが今では、確実に越冬のために飛来してくる国内での場所はないようです。越冬するために台湾やより南方にクロツラヘラサギとともに飛翔していった個体も、次第にその渡りをやめたのではないかと思われます。例外的にその年生まれの若い個体だけが、クロツラヘラサギとともに行動したり、全く衝動的に繁殖地から冬場飛び去っていったものが、日本や台湾、もしくはそれ以南で散見されているのが実情ではないかと思われます。越冬地では、今やほとんど成鳥を観察できないのです。
上左の個体は数年前に茨城県菅生沼で、飛翔する右の個体は今回の伊佐沼で観察したものです。いずれも、嘴が黒みがかっている飴色です。また、上右の映像でよくわかりますが、初列風切羽先端が黒褐色です。これは、幼鳥、若鳥の証左で、成長は嘴が黒、初列風切羽に黒い部分は入りません。また、繁殖期の成鳥は、嘴の先端が黄色となり、黄色い冠羽が生え、喉や胸に黄色味がさしてくるといわれています。残念ながら、私はこの状態の成鳥を自然状態では観察できておりません。
上は、クロツラヘラサギの小集団が毎冬越冬に訪れる福岡県福岡市東区多々良川の様子です。枯れた葦原を背景に中央部に1羽いるのがヘラサギです。このヘラサギは幼鳥ですから嘴の色がクロツラヘラサギとは異なり区別は容易ですが、この嘴がクロツラヘラサギと同じ黒になると注意が必要です。拡大してみて頂ければわかりますが、クロツラヘラサギの顔の黒い部分は両眼を含んでいますが、ヘラサギの嘴に続く有色部分は眼を包み込んでいません。この点を見逃さなければ、成鳥となったヘラサギがクロツラヘラサギの群れに紛れ込んでいても区別はつきそうです。このように、クロツラヘラサギの越冬集団にヘラサギが混在する姿は、香港米埔環境保護区でも観察したことがあります。この時のヘラサギも、この多々良川同様若鳥でした。
ヘラサギの生息数は、絶滅危惧種に指定されているクロツラヘラサギと同様か、むしろより少ないかもしれません。2006年の韓国での非武装地帯を観測した自然保護国際チームの報告では、1,700羽だとされています。この数字は、ヘラサギがまさに絶滅寸前であることを示しています。絶滅危惧IA類(Critically Endangered)に分類すべきでしょう。 環境庁のレッドデーターブックの危険度では、DD(Data Deficient)つまり情報不足種とされていますが、少数ではあっても冬季飛来のある九州各県では次のように指定しています。福岡県と佐賀県がNT(Near Threatened=準絶滅危惧)、長崎県がCR(Critically Endangered=絶滅寸前)です。残念ながら、国も、地方行政もヘラサギの危機的な生息数を十分には理解してないようです。
今年2014年の干支は午年。嘴の太く平たいヘラサギを正面から見ますとまさに馬面です。午年を期して馬面のヘラサギやクロツラヘラサギに確実な未来を保証していきたいものです。
(注)写真は、画像上をクリックすると拡大できます。