冬到来ともなりますと、やはり冬鳥の代表、カモたちが思い浮かびます。埼玉県に長く生活していますので、冬にやって来るカモの仲間の中でも海洋性のカモ、とりわけ北方の海で越冬するカモたちは、いまでもあこがれの鳥たちです。今回は、その中の一種、クロガモを取り上げてみましょう。
クロガモを最初に見かけたのは、もう30年ほども前、北海道は根室半島の先端、納沙布岬です。冷たい強風の吹く、全くの曇り空の荒天で、2月でした。崖下のオホーツク海は一面に流氷に覆われていました。海の凍結氷の奥底が幽玄な青であることを初めて知りました。流氷に覆われたその岸辺に、裂け目ができており、そこでは鉛色の海水がのぞき、折からの強風に海面が大きく、荒く揺れ動いていました。その荒れた波間に、十羽前後の黒く、比較的大きい野鳥が見え隠れしていました。あとでわかった名前がクロガモ。それ以来いつの日か、より近くで、また好天下で見たいと願う野鳥の一つであり続けたのです。
タイトル写真のように全身黒ですので、クロガモと名付けられたのでしょう。ちょっと安易な名前の付け方です。嘴は全体が黄色にみえますが、実は黒く、その基部の上部に黄色い瘤状の盛り上がりが広くあり、遠くから見ると嘴が全体として黄色く見えます。黒い体の中でとても目立ちます。ただし、これはオスだけに言えることで、メスは一番下の写真で確認いただけますように、嘴は黒ですが基部は茶色をしています。繁殖地はシベリア東部、アラスカ州西部といわれ、米国や中国、日本で越冬します。越冬場所は、海岸部に限られ淡水域での越冬はないように思われます。
クロガモの越冬は、国内では北海道が中心だと思っておりましたが、関東地方では、銚子港近辺や九十九里浜でも観察することができます。太平洋側では、南が、香川県や大阪府、兵庫県あたりまで、また日本海側では島根県斐伊川あたりまでが越冬南限のようです。下は、九十九里浜の海岸線で海上を飛翔するクロガモ、オスですが、初列風切羽は表も裏も銀白色で黒いからだとのコントラストで実によく目立ち、遠くからでもクロガモだと分かります。
万葉の時代から、カモはよく詠まれていました。その中で、具体的にカモの種類を示しているものとして、あち”(=トモエガモ)、たかべ(=コガモ)、あきさ(=アイサ)とならんで、このクロガモを指しているといわれているのが、くろどりという呼び名です。万葉の時代には、現在のように九州、四国地方ではほとんど見ることができない状況とは異なり日本全国の沿海で見ることができたのかもしれません。
クロガモは越冬地では、海洋性であり、またあまり内海や港湾に入って来ることが少ないようです。その少ないチャンスで、銚子マリーナの桟橋に上がっていたところに遭遇できましたのが、タイトル写真です。また、下左は、苫小牧港に入っていた小さい群れですが、丁度夜明け時でした。日が高まるにつれ、沖へと出て行ってしまいました。左の2羽がオス、手前ノ1羽がメスです。上でふれましたように、オスと異なり、メスの嘴は茶色、また体は全体として褐色で、頭部の下半分は薄い褐色で上部の黒褐色とツートンカラーの構成です。最も寒い3月、これがクロガモを初めて撮影できるチャンスでしたので、寒さを忘れてファインダーをのぞきこんだことを思い出します。ちなみに、下右の小さい群れは、九十九里浜で撮影したものです。
完全な動物食性といわれ、実によく潜水します。餌としては、二枚貝、巻貝、ウニ、ナマコ、カニなどを食べるようです。資料によっては、岩礁に付いたフジツボなども餌とすると書かれていますが、その現場を見たことはありません。不謹慎な話ですが、一般的に海洋性のカモはその肉がうまくない、また動物食性のカモも同様といわれていますので、このクロガモなどは最も人間にとってまずいカモかもしれません。
クロガモは、以前は、英名Common Scoter、学名Melanitta nigra亜種とされていましたが、昨年度の鳥類目録第7版では、一番上に記載しましたように、Black Scoter, Melanitta americanaと訂正されております。亜種扱いから種扱いとなったようですが、その根拠が私には分かっておりません。
なかなか容易に観察できるカモではありませんが、関東地方以北の海辺に行かれる機会があれば、寒風にさらされた海岸で荒波の上下する冬のダイナミックな景色の中でクロガモの群れを探してみることも一興ではないでしょうか。
(注)写真は、画像上をクリックすると拡大できます。