国内では、さほど苦労することなく観察することのできるセキレイの一種、キセキレイをとり上げましょう。よく目にするのは、ハクセキレイ、次いでセグロセキレイ、注意して見れば結構冬になると都市部でも見ることができるのがこのキセキレイです。これら3種類とも、水辺の鳥と理解されていますが、それぞれ生息域が異なります。ハクセキレイは、淡水域だけでなく汽水域または海水域でもよく観察され、時としては水辺からかなり離れた田畑で採餌する姿も見かけることがあります。生息域がかなり広いセキレイです。それに対して、セグロセキレイとキセキレイは、川、沼、湖などの専ら淡水域に生息しています。セグロセキレイが低地の水辺を中心に生活圏を持つのに対して、キセキレイは、特に繁殖期には河川の場合は上流の渓流域、湖沼の場合はかなり高山帯に限られます。ただ冬季には、都市公園などの平地に下りてきて越冬しますので、都市部では冬の鳥ともいえます。
上の2枚の写真とタイトル写真のキセキレイは、全て冬羽です。タイトル写真は、埼玉県北本市にある北本自然公園の凍った地面で、上左は群馬県と埼玉県を結ぶ利根大堰の流れの中で、上右は埼玉県さいたま市秋ヶ瀬公園の枝先で、いずれも冬に撮影したものです。上右ののどから胸、下腹部まで白い個体はメス、タイトルと上左の個体は喉は白いものの胸から下腹部の黄色い個体はオスだと思われます。いずれも場所は平地です。
下は、亜高山地帯から高山地帯にかけて夏に見かけた個体です。下左は埼玉県都幾川町、都幾川上流部で、下右は長野県戸隠森林植物公園で見かけたものです。左側の個体は顔全体が黒く、また喉の黒さは、胸から下腹部にかけての黄色観の強さと強いコントラストを作りとても鮮やかです。地味なメスと一緒にいましたので、この個体はオスで間違いないでしょう。
戸隠森林公園を流れる川で見かけた個体(下右)は、昆虫の幼虫を咥えています(キセキレイは動物食性です)。間違いなく育雛中です。喉は白く、胸にはかすかに黄色身が入っていますが全体として白いこの個体はメスです。地味なメスも、繁殖期には胸部に黄色味がさすことが分かります。
ところが、鳥類図鑑には、メスでも繁殖期喉の部分が黒くなるものがいると記載されています。下の写真をご覧ください。観察した際には、頭部が全体として黒いのでオスだと思いましたが、よくよく見ると疑問点もあります。嘴基部からの白い顎線がかなり目立ちますし、また喉の黒い部分も黄色い胸との境には、白い部分が見て取れます。また、下腹部の翼との境の白い部分もかなり広く見えます。ひょっとするとこの個体は、オスの外的特徴をもったメスかもしれません。ただこの個体は6月に山間部(柳沢峠)で見たものですから、これから喉も完全に黒くなり、下腹部の白い部分も狭くなり、完全なオスの外観へと変化するのかもしれません。雌雄の区別に注意していると、意外と面白い点に気付くものです。
季節を問わず、キセキレイは下尾筒が黄色いので、他のセキレイ二種と間違えることはありません。他の二種に比較して本種は小さく、脚の色はピンク系(他の二種は黒)です。セグロセキレイは、日本の固有種として有名ですが、キセキレイはユーラシア大陸とアフリカ中部以北を世界的な分布としているようです。個人的には、欧州で見かけたことはありませんが、中国上海地方では何度か公園の芝生に餌を探すキセキレイを見かけました。
北原白秋は、このキセキレイがお気に入りだったのでしょうか。何首かの短歌を詠んでいます。
山水のたばしる岩に来し鳥の 黄の鶺鴒はたちまち飛びぬ
岩ずたふ黄の鶺鴒の影見れば 冬の明かりぞ澄みとほりたる
キセキレイの端正なたたずまいと敏捷さが目に浮かびます。他方俳句の季語としては秋(晩秋)。
峡(かひ)の田の苗代に下り黄鶺鴒 水原秋桜子
大凍や松をこぼるる黄鶺鴒 前田普羅
両句とも、キセキレイの端正な造形と色合いが寒さと結びついているように感じられます。
普通に国内で見ることのできるセキレイ三種類のなかでは、このキセキレイが一番個体数が少ないのかもしれません。冬の公園で見かけるとなんだか得をしたような気分になります。近くの公園の水場でこの冬キセキレイを探してみませんか。
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