日本列島には冬になると様々なカモたちが、北の大地からやってきてくれます。その中でも、一度見たら忘れられない特徴的な容姿のカモ、ハシビロガモをご紹介しましょう。名前の通り、嘴が基部から広く、更に先端に行くほど幅広くなっていて、かつ長いのです。一番下の写真をご覧いただければよくお分かりになられるでしょう。嘴の色は雌雄で異なりますが、形状は同じです。
タイトルの写真は、茨城県稲敷市霞ヶ浦の湿地帯で撮影したもので、一組の番(つがい)です。右上の嘴が茶色で全身も褐色で地味な個体がメス、左の頭部が緑色で嘴の黒い個体がオスです。このカップルの色の組み合わせは、実はマガモにも似たところがあり、かなり遠くからですとハシビロガモのカップルなのかマガモなのかすぐには分からないことがあります。
上はハシビロガモのオス(千葉県船橋市三番瀬海浜公園)、下はメス(埼玉県さいたま市秋ヶ瀬公園)です。オスの頭部は光沢のある濃い緑色。他方メスの頭部は薄い褐色。嘴はオスが黒、他方メスは褐色味を帯びた橙色で薄く黒味が入ります。この点だけでも雌雄の区別は明白ですが、ハシビロガモの最大の雌雄の別の特徴は、光彩の色です。オスは黄色なのに対して、メスは褐色です。この光彩の違いは大切なポイントなのです。といいますのも、カモは繁殖期を終え換羽期に入る時期(エクリプス)オスは非常にメスとよく似た状態となります。エクリプス・オスなのかメスなのかの区別は、ハシビロガモの場合この光彩の色で見分けることができるのです。
下右はオス(群馬県板倉町)ですが、上のオスと比べますと頭部の濃い緑色を含めて全体としてくすんだ色合いの翅をしています。これは、ハシビロガモに特徴的なサブエクリプスと呼ばれる状態です。下左は、メスによく似た状態、エクリプス(東京都上野不忍池)です。ほとんどの方がメスだと間違えます。この状態から、完全繁殖羽となる中間状態をサブエクリプスと呼ぶのです。眼と嘴の中間に白い縦線が見えるのがサブエクリプス期の特徴です。エクリプス、サブエクリプスそして繁殖羽のすべての期間を通してオスの光彩は黄色で、メスの褐色の光彩と区別ができます。
嘴に特徴のあるすべての野鳥は、採る餌の種類と餌の取り方に特徴があります。ハシビロガモの古名に、「めぐりかも」、「くるまかも」、「まいがも」といったものがあります。これは、ハシビロガモが数羽で円形を描き、ぐるぐると水面上を回っている様子を観察したものだといえます。実は、この行為は水中のプランクトンを中心部に集め、それを幅の広い嘴の内側の縁にある、くし歯突起(板歯とよびます)で濾過して食べているのです。全てのカモの嘴の内側縁には板歯がありますが、とりわけこのハシビロガモはその密度が高いのです。下の写真右(埼玉県さいたま市秋ヶ瀬公園)をご覧ください。わずかに開いた嘴の間に、細い板歯を見ることができます(画像上をクリックすれば拡大できます)。
プランクトンを濾過できるほどの密生しているのですから、他の水中の有機物(水草の種など)も餌とできます。ハシビロガモの写真が数多くネット上でも見ることができますが、嘴から水が滴り落ちていることが多いのですが、それは水ごとプランクトンを飲み込み、濾過した水を排出しているのです。密度が濃いとはいえ、かなり大きめのプランクトンしか濾過できませんので、ハシビロガモの食べている主なプランクトンは動物性であろうと思われます。ハシビロガモの嘴は、基部から先端に行くほど幅広くなっています。下の写真左(東京都上野不忍池)をご覧ください。多くの水をのみこむためにこのように先端ほど幅広くなっているのです。
淡水を中心に生息するカモは植物性の餌を採ることが多いのですが、ハシビロガモは他のカモ同様、水中の植物も食べ、また上記のように動物性プランクトンだけでなく時として水生昆虫も餌とするようですから、雑食性といえます。ハシビロガモはまた水に潜り、まるでオナガガモのように尾と脚を空中に向けることがあります。これはおそらく水中表層部にプランクトンが少なく、底にある植物を採るしかない時ではないのかと仮定しています。
希少種ではありませんが、それほど飛来する個体数は多くないハシビロガモです。大きな嘴のわけや、雌雄の区別の意外な盲点などご理解いただければ、今後海岸で、池で、湖で、川でこのハシビロガモを見かけましたらよく細部を観察ください。
(注)写真は、画面上をクリックすると拡大できます。