第54回 2006/12/25 |
感染爆発 鳥インフルエンザの脅威 |
書名:感染爆発 −鳥インフルエンザの脅威
著者:マイク・デイヴィス (翻訳:柴田裕之、斉藤隆央) 発行所:紀伊國屋書店 出版年月日:2006年3月9日(初版) ISBN:4−314−01001−0 価格:1600円(税別) 原題は、「THE MONSTER AT OUR DOOR」 THE GLOBAL THREAT OF AVIAN FLUです。主題部は、目前に迫ったモンスター(脅威)、副題部は、トリインフルエンザの世界的脅威、とでも別訳できるでしょうか。 つい最近も韓国で大量に飼養鶏が高病原性トリインフルエンザで次々に死亡したという報道がなされました。日本でも近畿地方における養鶏業者がトリインフルエンザへの対応を誤ったとして社会的な指弾を受け、自殺にいたったことは記憶に新しいところではないでしょうか。 一般的にA型インフルエンザに分類されるこのインフルエンザは、水鳥の体内にいるときにはきわめて平和的にその腸内に生息し、糞として排泄され仲間内で急速な勢いで増殖したものが、家禽鳥類(ニワトリ、アヒル、七面鳥など)との接触によって、毒性を突然増し、家禽類を殺傷するものの、それがヒトに感染する能力は低く、たとえ感染しても、ヒトからヒトへの再感染の可能性はきわめて低いと考えられてきました。 B型、C型インフルエンザは、いわゆるヒトに主として感染するインフルエンザで安定型であるのに対して、このA型インフルエンザは「圧倒的なスピードで進化を遂げる。毎年、そのタンパク質のアミノ酸が変化して違うウイルス株ができ、新しいワクチンが必要になる」という特徴に加えて、「鳥やブタのA型インフルエンザはヒトのタイプと遺伝子を交換したり、もっと大掛かりになると、種の障壁を飛び越えるような変異を遂げたりする」ことに脅威の源泉があると語られます。 このA型インフルエンザのうち、1997年に香港で最初に見つかった「H5N1」株こそが、筆者がモンスターと語る「新たなる脅威」であり、水鳥からアヒル若しくはニワトリを経て、ヒトへそしてヒトから更にヒトへと感染経路をたどり、その毒性が一挙に強まるものとして説明されます。そして私たちは、世界的な大感染、パンデミック(Pandemic)をすぐにでも目の当たりにしてもおかしくない状態にいるのだと注意を喚起します。 過去最大のパンデミックは、1918年、4000万人とも最大1億人とも言われる人々がインフルエンザで死亡しました。日本では確かスペイン風邪と報道されたかもしれません。それから約90年を過ぎた今日、インフルエンザウイルスは、進化を遂げ、毒性を上げ私たちの目の前にいるというのが、この著作の第1の指摘です。 最近の世界経済は、さまざまな経済誌の指摘を待つまでもなく世界的な規模に拡大し、もはや一国の壁の中では経済指標は意味を成さない状態になっています。こうしたグローバル化の経済社会の中で、国際的な公衆衛生制度はいまだに確立されておらず、その根幹となるべきWHOですら、モラルを喪失しつつある状態が指摘されています。東南アジア、アフリカ、そしてラテンアメリカのいわゆる発展途上国におけるスラム街への人口の極度の集中化の流れは、いったんパンデミックの予兆が現れた瞬間に、一挙にそれを拡大させる温床となっている現状に対して、唯一の予防接種ワクチンであるタミフルは、製薬会社にとって経済的採算性に合わないという理由で計画的には生産されることがなく、もしことが始まれば絶対的な不足状態にある。 米国政府でさえ、医療費の絶対的な削減によりこうした傾向に輪をかけているというのが第2の指摘であり、政府政策への糾弾でもあります。H5N1型のもつ致死性から推測して、推定死亡率は全世界で10億人に達するであろうと見積もられるにもかかわらずです。脅威を拡大する条件はますます増加し、それに対抗する手段はまったく不十分であり、意図的に削減さえされているのが現状だと、著者は嘆息します。 家禽類の飼養は、ここわずか十年の間に、農業的にではなく、まったく工業的に、大規模集中生産型への一途をたどっていることが指摘されます。ニワトリは生物である以上に、食料商品であり、現在全世界で飼養されている何百億羽のニワトリのすべてが、集中化された少数の大規模経営工場により供給される体制が取られています。数十万羽、数百万羽が過密な飼養ケージに詰められるわけですから、感染の速度は間違いなく速く、もしその衛生状態に問題があれば、変異を繰り返すウイルスの進化自体に影響を与えることすらありうるでしょう。また、大規模経営であるがゆえに、政治力を持ち、一国の国政にさえ判断力を鈍らせ、時として虚偽のメッセージを出させることさえあることを、タイの例を引いて具体的に検証しています。大規模工業生産システム化された養鶏産業の実態が、明日起きるかもしれないモンスターの温床となっていること、これが第3の指摘です。 グローバル化された社会の中で、多くのヒトとモノが国境を越えて、わずかな時間で移動しています。眼に見えない極小のモンスターは開放された瞬間に、全世界に直ちに広がることは容易に推測できるところです。われわれは何をなすべきなのかが問われていますが、少なくともそうした脅威に晒されていることを十分認識することが、対策の第一歩であることは間違いないでしょう。かなり恐ろしい本ですが、ご一読をお勧めします。
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