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第39回 2005/09/01
緑環境と植生学 鎮守の森を地球の森に
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書名:緑環境と植生学 鎮守の森を地球の森に
著者:宮脇昭
出版社:NTT出版
出版年月日:1997年1月22日
ISBN:4−87188−448−1
価格:3,570円(税込)
http://www.nttpub.co.jp/se/se001.php?genre1=&kword=
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今年6月から7月の間、NHK・TV 教育放送にて『日本一多くの木を植えた男・宮脇昭』と紹介された番組が放映されました。この番組をご覧になられた方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。宮脇昭氏は、世界的にもきわめて著名な国際生態学の権威であり、現在では、横浜国立大学名誉教授であり、(財)国際生態学センター研究所長でもあるようです。昭和3年(1928年)岡山県生まれの、この方の著作は多く、古くは『植物と人間(NHKブック 1970年)』から、新しいところでは、学生、一般人向けの『森よ生き返れ(新潮社 1999年)』、『いのちを守るドングリの森(集英社 2005年)』などがあります。その中で、今回紹介する『緑環境と植生学』が最も体系的、網羅的に氏の実践と研究の軌跡が表現されているように思われますので、数年前の出版物ではありますが、ご紹介します。

この著作は、第13回日刊工業新聞技術・科学図書文化賞で、最優秀賞に輝いた作品です。氏が植物学に入り込むに至った簡単な経緯から書き起こされ、学術論文とは異なって安易にこの世界に入っていけます。

卒業論文に雑草生態学を選択し(「ラウンケーの生活形による雑草群落の研究」)、卒業前後より、積極的に日本全国に実際に足を運び実地植生調査し、雑草と総称される植物群を、「形態学と生態学の両面から、雑草の根の形態と生態適応」の体系にまとめていきます。日本国内ではさしたる反響を生み出さなかった氏の研究は、新たな植物生態学を確立しつつあったドイツ学会に大いなる可能性を認められ、招聘されるに至ります。

こうして、その後最大の師と仰いでいるであろう、チュクセン教授との出会いがあり、その教えをドイツで受けるに至ります。従来、植物の生存形態は、人間が影響を及ぼす以前の「原植生」と、これまでの人間とそして現在の人間の影響下にある「現存植生」の「二つの植生概念しかなかった」植物学会に、新しく植物を見る観点、「潜在自然植生」という「第三の植生概念」を持ち込み、それにとどまらず、この第三の概念こそ最も重要であり、その「判定法と利用の可能性についての研究」を世界で初めて実践した研究者が、このチュクセン教授であったのです。

このチュクセン教授の「潜在自然植生」の概念を、実践の分野で最も広範に活用、発展させたのが、この著者に他なりません。現在ある植生とその土壌、周囲環境から分析、類推し、本来あったはずの「原植生」を再発見しようとする生態分析が「潜在自然植生」なのです。途方もない広範囲な実地の植生と土壌の観察と鋭い洞察、これがいかに困難な作業であるのかは推測するしかありません。世界に先駆け、9年の歳月を経て完成した、日本における潜在自然植生の全体系を調べ上げた、『日本植生誌(全10巻 至文堂 1989年)』は、植物生態学にとって、歴史的な意義ある世界的な業績といえます。この膨大な著作の、いわばダイジェスト版が『緑回復の処方箋(朝日新聞社 1991年6月)』です。この「潜在自然植生」の把握こそ、人間の様々な活動によって瀕死状態に陥った自然環境を救い出す光を与えるものであったといっても言い過ぎではないでしょう。

本来森であった土地を、人が社会的に介入し、畑作、稲作、放牧によって平野化することによって初めて今日「雑草」といわれる植生が繁栄を見るに至ったこと。その意味では、人間の社会的な営みの結果として「雑草」が存在していること。更に、「極端な人間の影響下で貧化、破壊された雑草群落(のありかた)から、その土地が本来の森であった」ことが判ること。また翻ってどのような樹木群がその土地に適正なもの(潜在自然植生)であるのかが判ること。また、植物は、「人為的干渉も含めた外部からの環境規制と個体間や種間の厳しい競争を通して我慢し、厳然とすみ分けて共存している」こと。その意味で、きわめて人為的な単種類の樹木(例えば、スギ、ヒノキなど)の強制植林自体、森の破壊に直結すること。こういった植物生態的な常識を懇切丁寧に教えてくれます。氏は、日本全土の実地調査で把握できた「潜在自然植生」の理論体系を世界的に押し広げ、かつ地域に適正な樹木の適切な植林こそ、人間と自然(緑環境)の関係回復と将来への道標であると訴え続けています。破壊され続けた植物的自然環境を、再度回復させる唯一の手がかりを見出すものとして「潜在自然植生」の研究と、そこから導き出される植林活動の実践があるのです。

氏が警告し、意外と一般の方々が見落としているであろうことが、二つ指摘されています。一つは、北海道、東北最北部を除けば、日本では関東地域を含む殆どの土地で常緑広葉樹(シイ、タブ、カシなど)が潜在自然植物であるにもかかわらず、それを無視し、画一的に、それもわざわざ海外産の落葉樹を意図的に植えるのかということ。例えば、私の住んでいる地域では、きれいに見えるからでしょうか、ハナミズキ(アメリカヤマボウシ)をどこにでも植えています。ここには、本年6月から施行された「外来生物法」の理念である、「本来存在すべき生態系への尊敬」の念の一端もうかがうことはできません。同様に、例えば関東地区の山々の空き地に、カエデ、クヌギなどの夏緑広葉樹(落葉広葉樹)を植えて、スギ、ヒノキの代替にしてよしとする、潜在自然植生を無視した、グリーン運動でさえ考えものです。意外と、落葉広葉樹が自然の樹木の代表的存在だと錯覚している人は多いものです(関東平野、武蔵野の森の落葉広葉樹でさえ人的作為の結果であることが指摘されます)。

そして第二は、伐採した樹木もしくはその幹や枝の一部を産業廃棄物として焼却処分する行政のあり方です。落葉、剪定された枝葉、伐採された樹木の一部または全ては、既に完全に自然還元可能な資源である見方が行政にないばかりか、土地所有の狭隘さという現実もあり、生活する人々にとってもゴミと同様の存在としか考えられていない「常識」はそろそろ覆すべきです。最後にこの点で氏はこう述べます。「われわれはそろそろ、毒と毒でないもの、本物と偽物を見分け、限られた地球資源として重要なこれらの有機物を、刹那的な安易さ、経済主義から脱却して、新しい緑環境の回復・修復・創造に、積極的に使い切る英知と実行力をもつべきではないか。」

「外来生物法」の問題点については、その施行された月に指摘したつもりですが、この法律の最大の弱点は植物です。植物に関わる「外来生物法」を「潜在自然植物」の観点からもう一度考え直してみるよい機会をこの書物は与えてくれます。