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第17回 2003/11/03
日本列島フン虫記
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書名:日本列島フン虫記
著者:塚本珪一
出版社:青土社
出版年月日:初版2003年9月10日
ISBN:4−7917−6058−1
価格:2,200円

日本全国の主要都市の大部分がその背負ってきた歴史と、それを育んだ自然環境によって培われてきた、独特の個性を失いつつある現実は、現JRの様々な駅に降り立った瞬間に誰しもが実感せざるを得ない悲しみです。都市の非個性化に象徴される画一化された急速な近代化への道程は、ここ数年「環境破壊」という言葉の中で様々な観点からその被害の実態が観測、告発されてきています。

地球史的な視点を据えて、地下に蠢く数千億を超える微生物の役割からみた、全地球を取り巻く環境に関する本源的な問題提起を、前回紹介した『地中生命の驚異』はしてくれました。今回ご紹介する最近出版されたばかりの、この『日本列島フン虫記』は、私たちのごく身の回りにあった、それもここ20年以内に急速に進みつつある「変化」に警鐘的に注意を向けさせてくれます。取り上げた対象が余りに日ごろ話題にされることのない、そして多くの人々の関心を集めない「フン虫」であるからといって、この著者の警告の重さは、前回の書籍に劣るものではありません。

かつて『ファーブルの昆虫記』で取り上げられた、コガネムシ類に属するフン虫は、動物の排泄物、糞を有機的に大地に戻す役割を果たしていることは多くの人が知るところです。その生命の営みが、「ハエ目昆虫の発生を抑える」ことを通して、生物多様性に寄与していることは、異論を挟まないところです。従来日本に150種ほど生息すると観察されたフン虫が、現在では、その30%もが絶滅もしくは絶滅危機に瀕している状況からこの著者は筆を進めていきます。ちなみに、古代エジプトではこの「スカラベ」が太陽とも思われる丸い球形(実は糞)を巧みに操り、土中に消え去り、また洪水などの後に土中から新しい生命を持って這い出してくる姿に、神聖なるものを感じたようです。昨今の話題を呼んだエジプトを舞台としたSF映画『ハムナプトラ』にもこの虫を模った数々の飾りが登場していました。

決して大上段に振りかぶって物事を断定的に(もしくは演繹的に)切り捨てていくのではない、あくまでも研究、観察、個々の経験に基づく実証的な語り口は、かえって事態の深刻さを浮き彫りにしてくれます。ヒトのレジャーのために手を入れられる「観光目的の空間」創造(整備)が、まず生物多様性を直接破壊し、かくて自然環境を打ちのめしていっているとの主張には大いにうなずけるものがあります。

著者は、終章においてフン虫絶滅の危機を、自然環境との関連で次のようにまとめます。すなわち、「第1の危機、それは人間活動に伴う負の影響であり、生きものたちのことを考えない、開発、整備、捕獲などなどである」。そして「第2の危機は一度人間が利用のために手を加えた自然は、それを見放すと荒廃するという危機である」。最後に「第3の危機は外来種の在来種に対する影響である」。こうした状況に、誰もが昨今問題とする、有毒廃棄物の不完全な処理、有害薬物の植物への散布等がオーバーラップしていくのであろう。

かつて昆虫少年であった方々なら、この著作を読むにつれ、ほんの40年程前には、道にでんと座った馬や牛の糞のあった風景がごく日常的だった日々を直ちに思い出すでしょう。自然保護の名の下に、次々に「自然公園」に金属柵やコンクリートやアスファルトの舗装道路を張り巡らせて恥じることのない行政に、憤懣やるかたない思いをしているのは私だけではなさそうです。