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第47回 2004/9/01

2004年、ギリシャ・アテネでの第26回オリンピックも閉幕となりました。私と同世代の人々にとって、オリンピックというと想起されるのが1964年に開催された東京オリンピックです。秋季に最も降雨確率が少ない日として選ばれた東京オリンピック開催の日が、10月10日。1964年には、その前日に雨が降ったにもかかわらず当日はからりと晴れた「奇跡のような一日」からスタートしたのが東京オリンピックでした。今回のアテネに至るまで、東京オリンピックでの好成績は、その後40年間破られることがないほどの「りっぱな」ものでした。既にそれから40年を経てきたのです。

その後、1988年のソウルオリンピックにも顕著なように、第2次世界戦争後のオリンピックの開催は、まさに開催国の国威の世界的な顕示という側面を強く表していたように思われます。オリンピック各競技の施設、設備の立派さ、それを取り巻く交通手段の整備の完璧さ、そして何よりも競技そのものにおける高順位、好成績を誇ることが、開催した国家の世界的な位置づけを示すかのように報道されてきました。国威をめぐる平和的な戦争の感さえあったものです。それを端的に示すのが開会式の入場行進で、あたかも軍隊の行進の趣でした。

さて今回のアテネ。まず入場行進からして、選手達自身のかなり自由な振る舞いを許容していました。戦争的な国威発揚の場ではなくなりつつあるのだなと感心させられました。そしてプロスポーツ界の選手の参加を認めて久しいオリンピック競技の性格変化のひとつの象徴ともなったのが今回の競技のいくつかでした。アマチュア競技においては、昂進剤、筋肉増強剤などに代表される薬物使用を、ドーピングとして認めておらず、反ドーピングの規制は、90年代以降一層強化されてきています。この規制の故に、かなりのプロ選手が出場を辞退したとも報じられています。ドリームチームとしてゴールドメダルを独占してきたアメリカ合衆国の陸上競技の数々での成績の悪さはそのせいだったかもしれません。また国威のためにドーピングを推薦さえしてきたといわれる、旧東欧諸国家の成績の凋落にも現れているようです。

またプロスポーツ界は国境を問いません。日本プロ野球に生計を求めたオーストラリア出身の投手が、オーストラリア代表として日本プロ野球代表選手チームを見事に押さえ込んだのも、プロスポーツの持つグローバリズムの一表現であったかもしれません。同じことがアメリカバスケットボールの敗北にもいえるでしょう。

他方で、各競技のレベルの高さは、個人的な突出した才能や幸運に基づく偶然だけによっては「勝利者」の栄冠を勝ち取ることができないことを示していました。選手を取り巻く組織の集中した努力の成果としてのみ、各競技の勝利が確保されることをも教えてくれました。国家の権威のためではやっとなくなりつつある国際スポーツ競技が、競技毎に、独自の組織的に集中した努力の成果を競うようになってきたことをアテネは教えてくれたように思います。来るべき2008年のオリンピックは、独自の社会主義路線を掲げる中国・北京で開催されます。またもや、かつての東京や、ソウルと同じような国威発揚の場としてしか考えられないような競技大会ではないことを切に望むものです。