第039回 2007/01/25 |
バロック・ベル・カントの熱狂とルネッサンス建築 |
日デッカ DVD UCBD-1020 ジュリオ・カッチーニ「翼を持つ愛の神」「アマリッリ」「泉へ、草原へ」/ゲオルグ・フリードリッヒ・ヘンデル「刺は捨ておき」(オラトリオ<時と悟りの勝利>より)/アントニオ・ヴィヴァルデイ「二つの風にかき乱され」(歌劇<グリゼルダ>より)/ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト「鳥よ、年ごとに」「喜びの気分を」(歌劇<フィガロの結婚>より)/ボーリーヌ・ヴィアルド「ハバネラ」「アイ・リュリ」/エクトール・ベルリオーズ「ザイーデ」 チェチーリア・バルトリ(Ms), ジャン=イーヴ・ティボーデ(p), ソナトーリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカ (1998年6月 ヴィンチェンツア、テアトロ・オリンピアにて) |
お正月は、季節柄やはりパッと花開いたような華やかな舞台音楽や芝居がいい。 映像でもお判りの通り、楕円形をした客席から舞台を眺めると、さほど広くない舞台の周囲には大理石の壁と柱で仕切られた空間に幾多の彫像がはめ込まれるが、正面背後の中心部分だけは広く開放されていて、その奥には「永久舞台」として遠近法による古代エジプトの都市テーベの街角が再現されている。劇場を被うスカイ・ブルーの天井には見事な雲が描かれているので、聴衆はまるで野外劇場に座っているような錯覚におそわれるのではなかろうか。従って音響効果は野外劇場とは異なり、抜群によさそうだ。 さて、この由緒ある劇場での公演を強く希望したのが、外でもないチェチーリア・バルトリ当人であった。 LP以降のCD時代に出現したアーティストの中で筆者にとって数少ない好みの歌手の1人でもあるバルトリは、未だ1966年のローマ生まれ。 透き通るような声の美しさ、決して声量のあるほうではないが、広い声域と豊かな肺活量による無理がない的確なブレス・コントロール、そして何と云ってもコロラチューラの超絶的技巧が素晴しい。更にバロック・ベル・カントの諸々の困難な技法を自在に駆使しながら、歌手優位のバロック・オペラに君臨したカストラート(去勢した歌手)の唱法を今に伝える貴重なメッゾといわれ、イタリア・バロック分野を中心に幾多の未知の作品を発掘し、その素晴しさを存分に披露してくれる。何よりバルトリの魅力は、エンターテイナーとしての素質も十分、その旺盛なサービス精神で、聴衆を楽しませるため常に全力投球していることであろう。 コンサートの前半はバロック音楽主体で構成され伴奏を古楽アンサンブルのソナトーリ・デ・ラ・ジョイオーサ・マルカが、後半はフランスのピアニスト、ジャン=イーヴ・ティボーテが受け持っている。前半では、先のカッチーニに続いて、今や知らぬ人がないぐらい有名になってしまったヘンデルのオラトリオ『時と悟りの勝利』から「ラッシャ・ラ・スピナ(刺は捨ておき)」。そして何といっても圧巻は、前半最後のヴィヴァルデイの歌劇『グリゼルダ』から「二つの風にかき乱され」の超人的コロラチューラの技巧であろう。その神業のごとき転がし方の上手さと迫力には全く舌を巻いてしまう。この一曲を聴くだけでも、このDVDの価値は十分にありそうだ。 ティボーテの伴奏による後半は、モーツァルト以降の古典・ロマン派音楽が中心。彼女が得意とするモーツァルト、ロッシーニ以下、シューベルト、ベルリオーズ、ドニゼッテイ、ベルリーニ、ヴィアルドなどによるアリアや歌曲であるが、何れも胸のすくような巧さと感情投入で大いに聴かせる。 表紙の写真は、演奏終了後、聴衆のスタンディング・オヴェイションに献花を手に応えるバルトリである。 |