ムクドリ:日本全国に普通に生息する留鳥で、あまりバーダーや、野鳥写真家の関心を呼ぶことがない、誰でも見掛けたことのある野鳥です。時には人家の雨どいなどに営巣し、降雨時の水はけの悪さの原因となったり、人口密集地の駅などに植えてある街路樹を塒として使い、夕方数万羽の大群をなして集団で集まり、その作り出す騒音や糞が嫌われたりすることもある、決して珍しくはない野鳥です。
ところがこのヒトの生息地を嫌わないムクドリ、全世界に生息していそうですが、ユーラシア大陸東部(中国、モンゴル、朝鮮半島、ロシア東南部、日本列島)にしか生息せず、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリア、東南アジアにはいないのです。バーディングの歴史の長いヨーロッパのバーダーなどが日本に来ると、まずムクドリ、そしてセグロセキレイ(日本固有種)に興味を持つようです。ちなみにヨーロッパに大変多いムクドリの仲間は、ホシムクドリで、これは日本では迷鳥となります。
全身灰褐色であることから、英名Grey Starling,また顔に白斑が目立つことから別の英名がWhite-cheeked(白い頬) Startlingと呼ばれます。よく観察されていますように、木にとまって柿やむく、ピラカンサスなどの植物の実を食べるだけでなく、地上に降り立ってミミズや昆虫も捕食する雑食性です。地上での歩行は、スズメなどのように両脚をそろえてピョンピョンと前進(ホッピングと呼びます)するのではなく、例えばヒバリのように、脚を順番に出す歩行方法をとり(ウオーキングと呼びます)、あまり素早くはありませんのでなんともユーモラスに見えます(ホッピングとウォーキングの両方の歩き方ができる野鳥は決して多くなく、カラスやツグミの仲間です)。
ムクドリの成鳥は、嘴そして脚ともに鮮やかな黄色です。野鳥は一般に雛から若鳥の過程では、嘴がそれも嘴の付け根の部分がちょっとくすんだ黄色をしていますが、成長とともに親鳥と同じ色に変わっていきます。ところがムクドリの若鳥は黄色身をかすかに帯びてはいますがかなり濃い茶褐色味が強く、遠くからは黄色く見えません。これが大きくなるにつれて鮮やかな黄色になっていくのは面白い過程です。下の写真をご参照ください。またあまり皆さん注目しないようですが、ムクドリの背中で尾の付け根の部分には、はっきりとした白斑があります。飛んでいる姿を背中から見ますと、イワツバメと間違えることもあるほどです(イワツバメにも同じ箇所に白斑があります)。
ムクドリ(若鳥) |
集団を形成するムクドリは、餌の奪い合いは別にしまして、かなり寛容な鳥のように思えます。私の観測地(さいたま市内)では、ムクドリ数百羽の群れの中に、ムクドリそっくりな飛び方をする程に集団になじんだセキセイインコがいたことが3度ほどありましたし、また夏場にやってくるコムクドリとも同じ木の枝に仲良くとまっている姿も何度か見かけました。
ところで、「大和本草」には「椋鳥 おおきさはつぐみほどあり。 形鳩に似て、音ひゑどりに似たり。味よし。群飛ぶ」(1709~15:江戸宝永~正徳年間:「鳥の手帳」(小学館))とあります。見かけ上ではとてもおいしそうとは思えませんが、ひょっとすると江戸時代には、ムクドリが美味な食材であったかもしれません。
短歌でもかなりムクドリは歌われています。
「武蔵野の秋田は濶し椋鳥の 筑波嶺さして空に消えつつ」 長塚節 |
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「枯松にまひくだりたる椋鳥のむくれてとまれるむきむきなれや」 若山牧水 |
この牧水の歌のように、ムクドリは寒い季節には羽を膨らませて群れることも少なくありません。そうした状態を身体が「むくんだもの」として、この名前がつけられたという説(大言海)もあるようです。また群れて飛ぶことから、ムレキドリ(群木鳥)から由来した(俗語考)、椋の木に棲むところから(本朝食鑑)、椋の実を食べることから(和漢三才図絵)と諸説あるようですが、いずれも退けがたい感じがします。またムクドリは秋の季語で多くの俳人が歌っています。
榎の実散るむくの羽音や朝あらし 松尾芭蕉 椋鳥と人に呼ばるる寒さ哉 小林一茶 旅楽し椋鳥あまたわれとゐて 五所平之介 むく鳥の声聞きつけし林哉(かな) 正岡子規
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このムクドリに近い仲間、コムクドリ(学名 Sturnus philippensis 英名 Chestnut-cheeked Starling)は、東南アジアから春から夏にかけて日本の中部以北に渡ってくる渡り鳥(夏鳥)です。圧倒的に個体数はムクドリより少なく、なかなか見掛けることはできません。
コムクドリ♂ |
コムクドリ♀ |
また光沢のバランスが素晴らしい、ギンムクドリ(学名Sturnus sericeus 英名Silky Starling)は、東南アジアに生息しますが、国内では「迷鳥」です。 関東地方でも、過去観察例があるようで、まったくの幸運に恵まれれば、見掛けることができるといったところでしょか。
ギンムクドリ |
ムクドリの群れは、どこにでもいます。ひょっとしたらその中に、夏場、コムクドリやギンムクドリが混ざっていないとも限りません。普段見向かれることの少ないムクドリですが、ちょっと注意深く観察して見ませんか。