浜辺で真夏以外の季節に最も数多く見ることのできる野鳥、それがこのハマシギです。ユーラシアから北米大陸にわたる北半球に広く分布します。夏は高緯度地域(北極圏)で繁殖、冬は温暖な温帯、亜熱帯地方で越冬する渡り鳥ですが、日本各地では、越冬する群れもよく観察されます。「冬鳥」でもあり「旅鳥」でもあります。
原則として群れで行動し、時として数千羽にもなる大きな群れを作ります。2001年の環境省の「日米ハマシギ共同調査の中間結果」によりますと、アラスカで標識(レッグフラッグ)を付けられた個体の何羽かが、関東地方(谷津干潟、三番瀬、多摩川河口)にて確認されたこと、つまり約6000キロメートルに及ぶ渡りが確認されたことが報告されています。
海岸の砂浜、河口域といった、浅瀬の海水域から汽水域に生息し、砂浜や浅瀬で採餌しますが、潜水して採餌する姿を見掛けたことはありません。ただ時として、海岸からそれほどには離れていない水田などの淡水域にも、採餌活動は及ぶようです。ゴカイ類や小さめの貝類を採る姿はよく観察されますが、繁殖期にはハエなどの昆虫の幼虫を主食とするという報告もあります。植物性のものを餌とした記録にはお目にかかったことがなく、原則、肉食といえます。
ハマシギ(夏羽) |
雌雄に形態上も色彩上も区別はないのですが、夏羽と冬羽では、色と模様が大きく異なります。写真でお分かりのように、夏羽の特徴は、まずお腹に黒い斑が大きくはっきりと浮かび出ること。そして頭頂部と背中が褐色で、その中に黒色の斑が見えます。これが冬羽となりますと、全体として白っぽい褐色となり、お腹の黒斑は消え、その部分は真っ白となります。春先のような季節の変わり目には、未だまったくの冬羽のままの個体と、既に夏羽に換羽してしまった個体とが混在することも珍しくありません。この状態は、オオソリハシシギやユリカモメなどの夏羽と冬羽の明確に異なる野鳥には普通見られることです。色彩の違う浜辺の野鳥を見て、雌雄の違いと間違えられる方もいるようです。雌雄の違いではなく、換羽のタイミングの相違に過ぎません。
ハマシギ(冬羽) |
繁殖地での記録によりますと、4個の卵を産み、雌雄交代で抱卵しますが、育雛はオスだけが行うと報告されています。ハマシギの特徴は嘴がわずかながら下に向いていること。横から見ますとそれがこの鳥に愛嬌を感じさせます。
集団でいるときよく鳴き交わします。「ビュルツ」とも「ジュイー」とも聞こえる、濁った鳴きかわしをする場合と、まったく澄んだ声で「ピーィ、ピーィ」と鳴くこともあります。
古来、よく見掛けられたせいでしょうか多くの名前が付けられています。「鳥名の由来辞典」(柏書房)によりますと、「ハシナガシギ」、「ヒメシギ」、「ムシクヒシギ」、「ムシバミ」等が挙げられ、また、「ハマチドリ」とも呼ばれたことが記されています。
藤原道綱母による「蜻蛉日記」には、このハマチドリが詠まれています。
はまちどりあとの泊まりをたづぬとてゆくへも知らぬうらみをやせむ |
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(天暦年間、10世紀) |
ハマシギは、ごらんになればすぐ判りますが、かなり積極的に動き回って砂浜の中の餌を採っています。また、渡りの時期でなくても、群れですばやく移動することの多い野鳥です。いったん飛び立ってしまえば同じ場所に同じ個体が戻ってくることは少ないでしょうし、確認するすべもありません。ちょっとやるせない歌です。
また時代は下って、13世紀、藤原為家の側室、阿仏尼の「十六夜日記」にも表れます。
折りしも浜千鳥いとおほくさきだちて行くもしるべ顔なる心地して |
上の歌と同様、ハマシギの移動の多いさまを歌っています。ただどこかに案内してくれているようだ、と詠んでいる歌人の積極的な心象風景がしのばれます。
ハマシギは、季語としては秋ですが、そのものずばりの「ハマシギ」を使った俳句にはお目にかかれませんでした。古来多くの別名が付けられていること、また俳諧の世界では、見分けにくいと一般的に思われているシギ、チドリ(これを一括してシチギと日本のバーダーは呼んだりします)を明確に区別して詠み込むことがなかったのでしょうか。
ご近所の海岸に春先お出かけになり、このハマシギのお腹が黒くなっている様子を観察されたらいかがでしょうか。浜辺でお腹に黒い斑のある野鳥は、「ハマシギ」に間違いありません。関東地方ですと6月中下旬までは観察できると思います。
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