(57)ツバメ 「スズメ目ツバメ科」
英名:Barn Swallow
学名:Hirunda rustica
漢字表記:燕
漢名:越燕
大きさ:17cm
春の訪れとともに南方から戻ってきて、梅雨時から真夏の間、人家の軒下などに営巣、育雛する誰にもなじみの深い鳥、ツバメ。ツバメの仲間(ツバメ科)の中では、このツバメが最も数が多いようです。日本に渡ってくるツバメの仲間は、このツバメ以外に、コシアカツバメ(漢名 胡燕)、イワツバメ(漢名 石燕)、ショウドウツバメ(漢名 土燕)そして沖縄諸島にだけ生息するリュウキュウツバメがいます。
最も簡単な見分け方をご紹介しましょう。コシアカツバメは、その名前のように、腰の部分が赤です。またイワツバメは腰の部分が白です。ツバメによく似て見えるショウドウツバメは、燕尾服を着ていません。つまり尾の部分が細長く延びているのではなくぷつんと途切れています。リュウキュウツバメもツバメとよく似ていますが、おなかの部分がくすんで汚れているように見える、薄灰色をしていますし、渡りをしない留鳥です。
私の観察では、ここさいたま市に渡ってくるのは毎年3月20日前後で、鹿児島県など南のほうに行くほど早く(2月下旬から3月上旬)、北海道など北の方ほど遅くなる(4月下旬)ようです。また山階鳥類研究所などの調査によりますと、日本で営巣、育雛するツバメは、冬の間、マレー半島、フィリピン、台湾また遠くオーストラリアで越冬するようです。ただ九州地方の一部で越冬するツバメの中には、越冬後そのまま日本で育雛するものばかりではなく、遠く北方に「帰り」営巣、育雛活動をするものもいることが最近判ってきたようで、この点は、今後の観察と研究が待たれるようです。
ツバメの語源は、ツバクラメで、これが短くなったものとされています。時代的には、すでに奈良時代にはツバメとツバクラメが併用され、室町時代になってツバメが主流となったようです。もともとのツバクラメとは、ツバが鳴き声を表し、クラが小鳥の総称であり、メは群れを示す接尾語という解釈が今日代表的な見解のようです(「鳥の名前」東京書籍発行、「鳥名の由来辞典」柏書房)。
ツバメがやって来る春になると、日本で越冬していたガンの仲間が北方の繁殖地に帰っていくことから、来るツバメと去るガン(雁)を対照的に詠んだ季節感あふれる句があります。
万葉集です。
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燕来る時になりぬと雁がねは本郷(くに)思ひつつ雲隠り鳴く 大友家持 |
さらに時代が下がって、千五百番歌合せです。
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めずらしくつばめ軒ばにきなるれば霞かくれに雁かへるなり 藤原公維 |
さてこのツバメ、人家の軒先などに営巣することから、人々からよく観察されています。毎年、二回繁殖し、一度につき3〜7個の卵を産卵します。一度の産卵の最後の卵は、明らかに他の卵と異なった模様を示します(これを止め卵とよぶようです)ので、これで産卵が完了したことが容易に観察できると報告されています。(卵の模様は、すべて決して同じではなく、それぞれ異なっていますが、留め卵の模様が最も薄く、大きいとされています)
広く知られているように、ツバメはトンボ、ハエなどの昆虫をよく捕食しますが、春先から育ち始める稲にとって害虫となる、ウンカ類やハゴロモ類も数多く捕食することから、代表的な益鳥とされています。このツバメは雑食性のスズメと異なり、昆虫だけしか捕食しません(ですから、昆虫のいない環境では生存できないのです)。ヒトにとっての害虫が大発生する春から夏にかけて、ツバメの第一回目の子育ての時期と重なり、ツバメは精力的に虫の捕獲に精を出します。まさにヒトとツバメの利益は一致する訳です。また、ツバメの雛にとっての天敵カラスの仲間を排除できることから、人々の住む環境に最も近い場所を営巣、育雛場所に選んだツバメは、ヒトと最も近い関係を結んだ野鳥といえるでしょう。
ツバメは、多種類の昆虫を捕食しますが、平均的な昆虫よりはるかに小さいダニの仲間にとっては寄生対象でもあります。ダニに寄生された幼鳥は、時として瀕死状態に陥ることさえあるといわれています。雛に取り付いたダニは、その成長を阻害します。ツバメのメスは、オスを選択する際に、その尾の長さを選択基準にすることが知られています。相対的に尾の短いオスツバメは、幼鳥時期にダニに寄生され、尾の成長が妨げられただけでなく、生殖及び生存能力にも障害があることさえ予測されるわけです。ツバメのメスが、より尾の長いオスを選択する嗜好性は、健康なオスを選択する自己防衛的な判断行為ともいえるでしょう。
ツバメは、その文字自体としては、春を表す季語ですが、使われ方によって春夏秋冬すべてに対応します。
春: 燕、初燕、朝燕、諸燕、川燕
夏: 燕の子、子燕、親燕、夏の燕
秋: 燕帰る、帰燕、巣を去る燕、残る燕、去ね燕
冬: 通し燕、越冬燕、越年燕、残り燕
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盃に泥な落としそむら燕 松尾芭蕉
いぶしたる炉上の燕帰りけり 碧梧桐
つはくらや水田の風に吹かれ貌 与謝蕪村
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よく観察しますと、燕の頬から喉の部分は鮮やかな橙色をしています。その部分に注目し、斉藤茂吉は、「死にたまふ母」でこう歌っています。
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のど赤き玄鳥(つばくらめ)ふたつ屋梁(はり)にゐて足乳ねの母は死にたまふなり
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生命力あふれるツバメが見守るなかで、死に行く母を悼む気持ちの深さと対比され、沈む心の重さがしのばれます。ヒトと長い歴史を気づき上げてきたツバメを、その喉の赤さとともにもう一度よく見てみませんか。
注:写真は、画像上をクリックすると拡大します。 |