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第136回 2012/2/7

「冬の田圃」

 早くも辰年の正月は過ぎ、今日から2月、旧暦表現では如月(きさらぎ)となりました。1日朝のTBSラジオでは、如月の語源を、諸説ある中で、寒さで着物を更に重ねて着ることから着更着とする説を紹介していました。今年の日本での冬の寒さを経験している最中では、なるほどとうなずいてしまうものがあります(きさらぎを如月と文字表現するのは、中国での2月をさす異称をそのまま採用したもので、読み方とは無関係で、着更着、衣更着、などがもともと使われていたようです)。

 昨年暮れから関東地方では雨、雪の全く降らない乾燥状態が1ヶ月以上続き、異常乾燥注意報が出されていました。他方で、日本海沿岸と東北地方ではかなりの降雪量が続き、雪害が連日報道されています。日本列島全体が寒気団に覆われ、久しぶりに寒い本格的な冬を経験しつつある2月の入りです。

 私は、本格的な稲作農業を経験したことがないまま今日に至っています。子供のころ育った九州大分県の住まいの周辺では、稲刈りの終わった田圃は、真冬を迎える前に麦が植えられ、真冬にはまだ小さい麦の幼茎や幼葉を踏みつける農家の人々の様子が思い出されます。米と麦を耕作する二毛作が当時はまだ農業の主流だったように思いだされます。麦作は、高度成長期を経て穀物の輸入制限の緩和とともに減少していき、いまでは二毛作という言葉さえ次第に死語化している感があります。

 冬場の麦踏みは、霜柱で浮き上がった麦の根元を踏みつけ、枯れてしまうのを抑えるだけでなく、麦に物理的なストレスを与え、茎を強くする効果を狙ったものであったようです。その作業は全世界の麦作農家に共通のことではなく、温帯モンスーン気候の日本に固有の技術であるようです。麦の収穫期に梅雨がやって来ることが多いため、麦は雨に強く育てる必要があり、そのために茎が太く強い必要があったようです。茎が細く徒長した麦は、雨に打たれると倒れ、腐敗する可能性が高いのです。

 関東地方の冬、田圃を見ると、まず麦を植えた光景にはお目にかかれません。私の育った大分でも今では麦作を止め、田圃としての農地は乾田放置されているのかもしれません。住まい周辺の田圃のほとんどが、稲刈りの終わった状態のまま乾田とされています。そのなかで、ごく一部に、水を張った田を見かけることがあります。 これはおそらく不耕起栽培といわれる農法を採用しているのでしょう。

 一部のジャーナリズムで紹介されたこともある、千葉県の岩澤信夫さん(日本不耕起栽培普及会・会長)が提唱する、不耕起栽培農法の普及活動の結果として、冬に水を張った田圃が少しづつ私たちの目に触れるようになったものと思われます。「冬期湛水」と「不耕起移植栽培」の組み合わせによる農法がそれです。冬水を張った田圃では、刈り残された稲株が水の中に残ります。その稲株を中心として、イトミミズなどの水生生物、光合成細菌そして、水辺に来る野鳥の糞が水を通して冬の期間に土壌を肥沃化する効果があるといわれています。また、水生生物の排泄物で雑草の発育が妨げられる効果もあり、無農薬農業としての評価も高いようです(岩澤さんは、2008年吉川英治文化賞を受賞しています)。

  fuyunotannbo  

 ただ実際上は、冬期湛水のためには、個人でかなりの大きさの田圃を所有していない限り、隣接する田圃の所有者の合意が必要とされるという困難さが付きまといます。この農法では、水面下の地表は耕されていませんので当然硬くなり、通常の幼い苗では田植えができません。かなり生育した苗を植える必要もあり、従来型の田植え機がそのままでは使用できないなどの困難さも伴います。ただ、冬の湛水を経た田圃に植えられた、一定程度発育した稲苗が刈りいれられる頃までには、かなりの水生動物が田に入り、水を抜いて稲刈りをする際の土壌は、この水生生物の糞とその死骸そのものが、連作による田の不毛化を防ぎ、帰って肥沃化につながるとみられています。田を耕さず、化学肥料や農薬を使用せずに連作していく、循環型の稲作の在り方、大変興味深いものがあります。

 田や畑の耕作によって、従来は雑草の種子を地下深くに沈めこんだり、雑草の根を破壊する効果があると考えられてきました。耕さないことによってそれらの効果はなくなりますので、水生生物のもたらす効果との相対性では、どちらが効果的であるかは今後の更なる工夫によるのかもしれません。(注:米国農業の主流となりつつある不耕起栽培は、一定の除草剤の散布と、その除草剤に耐性をもつ遺伝子組み換え作物を組み合わせた農法であり、稲作を対象に循環型農法として考慮されたものとは根本的に異なる。ただ不耕起により、土壌流出を防止する効果はかなりあるようである)

 また、湛水した田圃を継続できれば、冬の野鳥が次第にやって来るようになります。野鳥の飛来が局地的に集中することによって、伝染病がある種に急速に蔓延し、場合によっては種の存続の危機も伝えられる昨今です。その意味からも、稲作の循環型農法は、野生生物との共生をもたらします。今年のの凍てつく冬の寒さの中で、広い乾田の中で、湛水したわずかな田圃を見ると、なんとなく暖かく、ほっとした気持ちになる今日この頃です。

 

 

 


 

 




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